2024年12月1日 5時00分

「三の酉」は火の用心

 かつて東京・浅草の近隣では紙すきが盛んだった。細かくちぎった原料を冷たい(つめたい)水にさらしておく。その間、職人たちは近くの吉原へ行った。とは言っても、店の外から遊女(ゆうじょ)を眺めるだけ。「冷やかし」という言葉は、そこから生まれたそうだ▼さて、その吉原のすぐそばの寺社(じしゃ)である。伝統行事の「酉(とり)の市」で、週末は大賑わい(おおにぎわい)だった。ずらりと並ぶ出店(しゅってん)に目を奪われ、私も冷やかし客の一人となってしまった。何しろ、見上げれば豪勢な熊手の数々。おたふくが微笑み(ほほえみ)、鯛(たい)がおどる▼どの熊手で福をかき寄せるか。客たちは迷って、値切って、買いあげる。その一人ひとりに、法被姿(はっぴすがた)の売り子たちが手締めで景気をつける。「商売繁盛(はんじょう)、それ、それ、ますます繁盛」▼じつに粋な音の風景だった。買い手は意気揚々と引きあげてゆく。〈人波に高く漂ふ熊手かな〉嶋田青峰。こぼれ落としていく幸福感のおすそ分けで、こちらの胸も温かくなった▼暦のめぐりあわせで、今年は酉の市が3度立った。「三の酉」まである年は火事が多いと言われる。だからではあるまいが、痛ましい火災が続いている。熊手にするか悩んだ末、火除け(ひよけ)のお守りをいただいた。これ以上、悲劇が起きませんように▼わが家の近所では、「火の用心(ようじん)」と子どもたちが練り歩くのが年末の恒例だ。寒気を貫く拍子木(ひょうしぎ )の音がしだいに遠ざかる。あれも、残したい「音の風景」の一つである。きょうから12月。ここからは駆けるような速さで一日が過ぎていく。

さんのとり 03【三の酉】11月の3度目の酉の日。酉の日が3度ある年は火事が多いとされる。季冬

11月の酉の日(11月のとりのひ)は、日本の伝統的な行事の一つで、干支の「酉(とり)」に関連した日です。毎年11月に2回、酉の日が巡ってきますが、そのうち1回が「大酉の日(おおとりのひ)」として特に注目されることがあります。

かみすき 24【紙漉き】紙を漉くこと。また,その職人。季冬