2024年12月27日 5時00分

月を指さす

 「どうか月を見てください。月をさす指ではなく」。今月初めにオランダ・ハーグで開かれた国際刑事裁判所(ICC)の年次総会(年次そうかい)で、赤根智子(あかね ともこ)所長が繰り返した言葉が心に残った。月を指せば指を認む(みとむ)――。辞典をみると、仏教由来のたとえとあった。すぐ目に入るものにばかりとらわれ、本質を理解しないという意味だろう▼「異常な状況について話します」で始まった赤根さんの演説は、緊張感に満ちていた。ICC職員への攻撃や圧力があること。職務を忠実かつ勤勉に遂行(すいこう)したために深刻な脅しを受けていること。「法律にのみ従う(したがう)」覚悟であること▼名指しはなかったが、こうした状況の原因が、プーチン大統領やネタニヤフ首相への逮捕状にあるのは明らかだ。ロシア政府は反発し、赤根さんらを指名手配した。イスラエルを支持する米国の議会にも、経済制裁を科す動きがある▼ウクライナとガザで続く戦争で、国際司法は新たな危機を迎えたのだと改めて実感した。124の国・地域が加盟する裁判所が公然と批判され、脅される事態なのだ。脅しているのはICC非加盟とはいえ、国連安保理の常任理事国である▼個人の戦争責任を問う。勝者(しょうしゃ)が敗者(はいしゃ)を、ではなく、国際社会が裁く。そのために22年前、ICCが設立された▼二つの大戦後の模索(もさく)を経てできた仕組みが存亡(そんぼ)の危機にあるという。赤根さんが見てほしいと訴えた「月」は戦争犯罪であり人道主義の侵害であり、それらを裁くための法の支配なのだろう。