2024年12月16日 5時00分
「森の生活」から170年
19世紀の米作家で思想家のヘンリー・D・ソローは20代の末にボストン郊外(こうがい)の湖畔(こはん)に小屋(こや)を建て、2年余りを過ごした。自然のなかで自給自足(じきゅうじそく)の生活をしつつ、思索を重ねた日々の記録『ウォールデン 森の生活』は、今でも世界中の自然愛好家らに読み継がれている▼ソローは結びで、複雑な考え方や多様な解釈を軽視する社会の傾向を批判した。精神と知性の衰退につながると警告し、こう問いかけた。「英国がジャガイモの腐敗を治す努力をする一方で、より広く致命的に蔓延(まんえん)する脳の腐敗を治す努力はしないのか?」。当時はジャガイモの疫病で食糧難にあった▼それから170年。オックスフォード英語辞典の出版社が、今年の単語に「脳の腐敗(brain rot)」を選んだと発表した。最初に使ったのはソローだが、現在は10~20代のデジタル世代の間に広がっているという▼「取るに足らない、特にオンラインコンテンツの過剰消費による精神状態や知的能力の低下」と定義されている。昨年から使用頻度が230%も増えたとか▼英語圏の子どもや若者はどう使っているのかとSNSで検索してみた。コミカルな短い合成動画を付けて、自虐的に使った投稿が目に付く。「脳腐れだけど笑えるよね」といった感じか。SNSの負の側面を自覚してはいるのだ▼ソローの単語が時代を経て、まさに彼が憂慮した事態を意味するようになった。この言葉を怖いと思えなくなる日が来るのか。考えると、背筋が寒くなる。
オックスフォード大学出版局は2004年以来、毎年「今年の言葉」として、その年の流行語を発表している。今年の大賞には、「脳の腐敗(brain rot)」が選ばれた。くだらないネット上のコンテンツを過剰に消費することによる、精神や知力の悪化を意味しており、ネット時代ならではの皮肉と自省に満ちたワードだと評されている。
◆人は楽な方に流れる 思想家の指摘そのまま
「脳の腐敗」はデジタル文化の代名詞とも言えるが、実はこの言葉の起源は19世紀に遡る。アメリカの思想家、ヘンリー・デヴィッド・ソローの1854年の著書『ウォールデン 森の生活』の中で初めて登場した。
ソローは、社会が複雑な考えを軽んじる傾向にあること、そしてそれが精神的、知的努力における一般的な衰退の一因になっていることを指摘した。自著の中で「イギリスではジャガイモの腐敗をなんとかしようとしているが、もっと広く致命的に蔓延している脳の腐敗をなんとかしようとする者はいないのだろうか」と述べている。