2024年12月31日 5時00分

大みそかの夜に

 物語は大みそかの午後5時に始まる。地獄(じごく)の魔王(まおう)と結んだ契約のノルマが果たせず、魔術師と魔女が焦っている。残されたのは年明け(としあけ)までの7時間。児童書『魔法のカクテル』は、大人が読んでも考えさせられる。著者のミヒャエル・エンデは『モモ』で知られるドイツの作家だ▼魔王が課したノルマとは数々の厄災(やくさい)を起こすことだ。10種の動物を絶滅させ、五つの川を汚染し、最低一つの疫病を流行させる等々。処罰を恐れる魔術師らは年明け直前、「ジゴクアクニンジャネンリキュール」と呼ぶ魔法のカクテルで一発逆転を図る▼世界中に恐ろしい魔法がかけられたのではないか。今年の厄災を振り返ると、そう思ってしまう。地震や洪水、干ばつなどの自然災害が相次いだ。止められぬ人災もある。ウクライナ戦争はまた年を越し、ガザへの攻撃は続く▼足元をみれば、ノルマ回避を重ねたツケが回ってきたような一年だった。物価の上昇ほど賃金は増えず、円安の影響が心身に響く。社会にたまった不満と不信は、日本でも選挙で噴出した▼物語に戻れば、魔術師たちのカクテルは、飲んで呪文を唱えると逆のことが起きるものだった。戦争を求めて魔女は唱える。「民族争い、人種争いあおるやつ/金もうけに 武器で商売するやつ/ぶっつぶしちまえ ひと息に」▼正義を叫んで逆を望む姿は、偽善や二重基準への皮肉にも読める。幸せをもたらす呪文はないが、少しずつでも前へ進めるようにと、心から願う。良いお年を。