2024年10月22日 5時00分

闇バイトと実行役

 バイト募集に応じたところ、通されたのは大学の研究室だった。隣室に別の人がいる。その人に記憶のテストをし、誤答(ごとう)ならスイッチを押す。簡単な仕事だ。ビリッと電気が流れ、間違えるたびに電圧は上がる。そのうち隣は呻き(うめき)出し、「ここから出してくれ」と苦悶(くもん)の絶叫(ぜっきょう)をあげる。だが続けるようにと指示が飛ぶ▼実際には電気は流れていない。社会心理学者ミルグラムの有名な実験だ。決意すれば、ぬけられる。それでも、6割の人がスイッチを押し続けた▼人間は、なんと残酷になれるものか――。首都圏を脅かす凶悪事件の数々に、実験のことを思い浮かべた。アプリで指示を受けたからといって、どこにでもいそうな若者が他人の家に押し入って金をとり、命をおびやかす。社会の規範が崩れてしまったような不気味さ(ぶきみさ)がある▼ただ横浜市の事件で逮捕された容疑者(22)は当初、「ホワイト案件」のバイトだと思っていたという。罪を犯すつもりはなかったのに、エスカレートする要求に応じて泥沼にはまる▼指示役は巧妙(こうみょう)に隠れたままだ。実行犯は個人情報を「人質(ひとじち)」にとられており、断れば自分や家族に危害が及ぶとの不安がある。警察庁は「あなたやあなたのご家族を確実に保護します」と相談を促す動画をつくった▼冒頭の実験では、体を震わせて指示を拒もうとする人もいた。このまま従い続けていいのか。事件の実行犯だって、葛藤(かっとう)する瞬間はあるだろう。引き返すのは、その時だ。決意すれば、抜けられる(ぬけられる)。