2024年10月16日 5時00分
まだ覚えていますか
人間は忘れる生き物である。19世紀のドイツの心理学者、ヘルマン・エビングハウスの有名な実験がある。意味のない造語(ぞうご)の綴(つづり)を暗記し、その忘却(ぼうきゃく)の程度を調べたものだ。20分で4割、1日で3分の2を忘れた。1カ月後に記憶に残っていたのは5分の1だった▼導き出された(みちびきだされた)のは、忘却は急速に進むが、その速度は徐々に落ちていくこと。一定の期間を経ても覚えていることは、長く記憶に刻まれるらしいこと。エビングハウスの「忘却曲線」として、広く知られる古典的な研究である▼きのう衆院選の公示があった。目の前の石破政権を問う選挙であると同時に、この3年間の岸田政権(きしだせいけん)への審判である。さて、と自戒を込めて考える。前回の総選挙からの政治を、いったい私たちはどれだけ覚えているか▼裏金(うらきん)や旧統一教会の問題はもちろん、納得できぬ思いを幾度(いくど)もした気がする。もう忘れがちだが、元総務相による行政文書の否定には、民主主義を揺るがす危うさを感じた。法相(ほうしょう)が死刑について軽口をたたき、人権感覚の薄さに驚いたこともあった▼防衛費の急増は深い議論もなしに決められ、「戦う覚悟」を元首相が説く。福島の事故を忘れたような原発の積極活用もそうだ。いったん選挙に勝てば、まるで異論を無視していいかのごとく、熟議を嫌う政治はなかったか▼「記憶にない」との言葉もずいぶんと耳にした。あれは何の問題のときだったか。忘却曲線に逆らい(さからい)、何とか思い出してみたくなる。投票の前にでも。