2024年10月23日 5時00分

「壁」をつくる理由

 重機で押しつぶされてがれきと化した小学校。自宅を壊された一家は、先祖(せんぞ)が暮らした遺跡のような洞窟へ――。昨年10月以来、ガザに意識が集中していたが、もうひとつのパレスチナ自治区のヨルダン川西岸(せいがん)も悲惨な状況だと知った。イスラエル軍や入植者による暴力が激しくなっているという▼この夏に現地入りした中東ジャーナリストの川上泰徳(かわうえ やすのり)さん(68)が、「“壁”の外と内」と題したドキュメンタリーの上映会を都内で開いている。これまで4回実施したが、初めて見る「パレスチナ人の日常」に驚く観客が多いという▼西岸の南部では入植地が拡張を続け、イスラエル軍の実射演習場にもなっている。そこで暮らす羊飼い(ひつじかい)の青年は、軍が残した爆発物に触れて右手(みぎて)を失った体験を淡々と語る。だれもが「ここは我々の土地だから」と言って住み続けている▼西岸の現状を知ると、ガザで破壊を続けるイスラエルが排除したいのはハマスだけでなく、丸腰(まるごし)のパレスチナ人もだと感じる。入植地拡大などの占領政策は国際法違反だと国際社会から非難されても、現政権は聞く耳を持たない▼イスラエルが建設した巨大な「分離壁」は「意識を遮断する壁だ」と、川上さんは言う。「テロから守る」としてつくったが、いまでは「不都合な現実」を自国民から隠す道具になっていると▼映像には、壁を越えたイスラエル人も登場する。パレスチナ人との友情で「小さな平和」をつくろうとする姿勢に、かすかな光を見る思いがする。