2024年4月4日 5時00分
川勝知事の辞任
明治生まれの軍人といえば、己の(おのれの)背中に語らせる寡黙なイメージが強い。だが連合艦隊司令長官だった山本五十六(やまもと いそろく、1884年4月4日—1943年4月18日)は、こんな言葉を残している▼「やって見せ、言って聞かせて、させて見せ、誉(ほ)めてやらねば、人は動かじ」。新たな人を迎える春、心にとめたい訓示だろう。きょう生誕140年である▼さて、こちらの訓示は、心ないとしか言いようがない。静岡県の川勝平太(かわかつ へいた)知事である。知事によれば、全文を読めば誤解は解けるそうだ。「上にへつらわず、下に威張らず」「人の艱難(かんなん)はこれを見捨てない」。その見識には確かにうなずく▼だが、農業や畜産業に携わる人の知性が低いかのような発言は、やはり看過(かんか)できない。きのうの会見で知事はわびた。一方で、発言を撤回するつもりはないのだという。「誠に申し訳ない」。重みを失った言葉が、どこ吹く風に乗ってふわふわと漂う▼不可解なのは、辞職する最大の理由にリニア新幹線を挙げたことだ。静岡は、県内の着工(ちゃっこう)を認めてこなかった。JR東海が先日、開業の延期を決めたことで「区切り(くぎり)を迎えた」のだという。なぜ、それが知事の座を放り出すことになるのか。辞職の理由は、結局ぼんやりしたままだ▼山本五十六は「中才(ちゅうさい)ハ肩書ニよって現ハれ(あらはれ)、大才(たいさい)ハ肩書を邪魔ニし、小才(しょうさい)ハ肩書を汚(けが)す」と書き残した。川勝知事はもともと経済学者だった。手腕(しゅわん)を買われて地方自治の世界に飛び込んで15年。唐突ともいえる形で自ら幕を引く。大中小(だいちゅうしょう)、どれにあたるのだろう。
一方、不適切な発言があったのは4月1日。川勝氏は「県庁はシンクタンクです。野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノをつくったりということと違って、皆様方は頭脳、知性の高い方です」と述べ、職業差別になりかねないなどと批判を受けた。