2024年11月6日 5時00分

秋に吹く風

 秋という季節は、風について語りたくなる。〈どっどど どどうど どどうど どどう、/青いくるみも吹きとばせ/すっぱいかりんもふきとばせ〉。このあまりにも印象的な言葉で、宮沢賢治の「風の又三郎」は、秋に吹く風の音を表した▼荒々しい風が野山を走り、ひとしきり雨を降らせた後には、湯気たつ雲を破って青い空が広がる。賢治の耳には、通り過ぎる風が〈どう〉と鳴るように聞こえたのだろう。それは学校の窓を震わせ、うらの山の萱(かや)や栗の木を揺らしていった、と記している▼では、色はどうだろう。秋の風は何色か。この時節の風は「金風」などとも呼ばれてきた。私がひかれるのは「白風」とか「素風」といった表現だ。白とは、何もまとわぬ無色透明を意味する。つまりは「色なき風」である▼秋の風は、物寂しさも誘う。隣国の古き詩に転じれば、漢の武帝の作とされる「秋風の辞」が広く知られる。〈秋風起こりて 白雲飛び/草木黄落して 雁(かり) 南に帰る〉。蕭条(しょうじょう)たる風が眼前を吹きぬけて、たそがれの訪れをわびしく伝える▼万物を枯らすのも、秋風である。詩はこう結ばれる。〈歓楽極まりて 哀情多し/少壮幾時ぞ 老いを奈何(いかん)せん〉。よろこびが高まるときに、かなしみもまた、増している。若きは足早に過ぎ去り、歩みくる老いを何とするか▼あすはもう、暦のうえでは立冬である。暑い寒いと季節のめぐりを嘆くばかりでは、つまらない。晩秋に深く、その風を、身にしむように感じたい。