三木谷浩史「未来」 最終回 2023/08/02

「未来」のために僕には何ができるのか

 自分が考える3倍のスピードで物事は変わる――。

 約2年前に「未来」というこの連載を始めた時、僕はそんなことを書いた。実際、新型コロナウイルスの流行で世界は大きく変わったし、リモートワークなどのシステムはあっという間に世間に浸透していった。

 中でもこの間、変化のスピードを最も実感したのは、生成AIだ。当然ながら、いずれはAIが社会の重要インフラになっていくとは思っていたけれど、ネット上の膨大なデータが絶えずディープラーニングされ続ける世界では、人間を遥かに凌駕(りょうが)する速度でアルゴリズムが進化していく。昨年からの生成AIの急速な発展のプロセスを、僕自身、驚きをもって見つめてきた。

 現在、生成AIの開発はOpenAIのChatGPTが一歩リードしているとされる。しかし今後、AIの分野のテクノロジーがマネタイズ(monetize)される仕組みが構築されていけば、彼らの覇権も永遠に続くとは限らない。

 AIのアルゴリズムはファインチューニング(fine-tuning)が肝だ。ファインチューニングとは、既に学習されたネットワークモデルに対して、別のデータで再学習することにより、ネットワークモデルの微調整(びちょうせい)をしていく手法(しゅほう)のこと。このやり方によって、生成AIはより少ないデータで進化を遂げていくことができる。

 このファインチューニングをいかに進めるかという意味で、結局のところAIの開発競争(きょうそう)は、巨大(きょだい)な計算能力を持てるかどうかが勝負(しょうぶ)を決めることになる。それこそ1兆円どころか、10兆円、20兆円の投資でも可能な企業であれば、おそらく1年程度でOpenAIに追い付くこともできるのではないだろうか。そのうちに極めて小さな装置を稼働させるだけで、非常に複雑な処理(しょり)ができるAIも生まれるはずだ。

アルトマンに負けられない

 一方、OpenAIのサム・アルトマンCEOも黙って見ているわけではない。自らも会長として参画(三角)している、次世代原子力発電所を開発する企業のオクロを上場させたのだ。彼がエネルギー分野に強い関心を示す背景には、来るべきAIの開発競争に必要となる膨大な電力需要(じゅよう)が念頭にある。彼らの見ている「未来」とはそのようなスケールのものなのだ。よって、「未来」が驚くようなスピードで変化していくプロセスを、これからの数年間でも目撃することになるのだろう。

 僕も彼らに負けてはいられないし、これまで以上にワクワクした気持ちでビジネスに向き合っている。それこそ、楽天モバイルで展開している通信事業の分野では、AI時代の重要なインフラであるワイヤレスネットワークの構築を目指してきた。巨額の投資は、一企業の財務面だけを見ればリスクがあると思われるかもしれない。けれど、国民の誰もが優れた技術をもっと安価(あんか)で使えるようになれば、「国」全体の活力(かつりょく)も大きく増していくはずだ。僕はその信念のもと、通信事業に挑み(いどみ)続けている。

 ただ残念ながら、世界を変えるようなイノベーションを起こす企業や、既得権益に挑みながら海外に出ようとするようなアントレプレナーに日本は冷たい。日本の若者たちのビジネスに対する意識や能力は高く、小さなスタートアップはたくさん出てくる。だが、世界に打って出ようとする人物はなかなか思い浮かばない。

 そうしたアントレプレナーが次々と現れるためには、個人の資質だけではなく、日本自体が「挑戦」や「異端」を受け入れる国になって欲しいと心から思う。今後、その視点を以て(もって)新たな「幹(みき)」となる戦略をリーダーが打ち出していく必要があるだろう。

「リーダーはぶっ飛べ!」(本連載をまとめた著書より)

「廃県置藩」で競争を

 では、果たして本当に日本は変わることができるのだろうか。そのためには明治維新に匹敵するような大胆な政策転換が必要だ、ということを最後に書いておきたい。

 僕が考える策の一つは、全国の自治体に激しい「競争」を促すことである。具体的には、「廃藩置県」ならぬ「廃県置藩」をするくらいのインパクトのある施策だ。

 地方が税収を自由に使えるようにして、全国的に同質性の高い中央集権から脱却すること。地方の自治体同士が様々な独自性を発揮した政策を行い、「藩」の魅力を競い合う国家にしていく、というわけだ。

 その中では自治体同士が合併(がっぺい)しても構わないし、「うちは税金をこれだけ安くする」と企業を誘致してもいい。負ける自治体もあるかもしれないが、一方で国際的な競争力を持つ自治体も出てくるだろう。

 そんなことを夢想(むそう)するのは、多様性こそが国家の力の源泉(げんせん)だという考えが僕にはあるからだ。かつてナンバーワンだった日本の国際競争力は今では過去最低の35位。この現状には一人の日本人として悔しさを感じざるを得ない。少なくとも世界のトップ3に入れる力が、日本にはまだまだあるはずだ。資源の乏しいこの国にとって、最も大事なのは、大胆な「戦略」と「人材」に他ならない。

 そのために、自分には何ができるだろうか、といつも思う。

 僕にとって人生の目的とは、「自分はこの社会をほんの少しでも前に進めることができた」と、死ぬ瞬間に思えるかどうか。どんな成功も失敗も全ては過程であり、自分が生きている間に社会が少しでも良くなったと感じられれば、どれほどの苦労であっても受け入れられる。

 失敗に厳しい日本では、リスクマネーが集まらないと言われる。将来的には、事業から投資にシフトしていくこともあるかもしれない。でも、僕にはまだまだ実業家として、経営でやり残したことがあるし、自分とは違った視点を持つ若い社員たちの今後にも大いに期待をしている。

 僕は日本が好きだし、もっと「未来」に向かう素晴らしい国になって欲しい。だからこそ、これからもビジネスを通して日本の「未来」をより良くすると同時に、少しでもアントレプレナーが活力を持てる社会を作ることに貢献していきたいと思っている。