MLBコミッショナーに直接伝えたこと

三木谷浩史「未来」  第87回  2023/04/19

 3月30日、東北楽天ゴールデンイーグルスと北海道日本ハムファイターズによる日本プロ野球(NPB)の開幕戦が行われた。楽天の開幕投手として勝利を挙げたのは、田中将大(たなか まさひろ)投手。 昨年は思うような成績を上げられなかった田中投手だけれど、今年は大いに活躍してくれると信じている。

 田中投手がマウンドで投げる姿を見ていると、やはり思い出すのは彼がメジャーリーグベースボール(MLB)に行こうとしていた2013年の年末のことだ。その年、 24勝0敗という圧倒的な成績を収めた田中投手は、翌年にMLBに行くための交渉を行っていた。

 チームのオーナーである僕には、多くのファンから、「マー君をメジャーに行かせてあげてほしい」という声が投げかけられた。僕もアメリカで活躍してほしいという思いは当然あったけれど、 球団の経営として、一つの問題意識があった。

 それまでは選手が移籍する場合、MLBの球団側が日本の球団側に入札額(にゅうさつがく)をまずは提示し、最も金額の高かった球団が交渉権を得るという形だった。だが、 新しいポスティングシステムは、2000万ドル(約20億円=当時)という譲渡金のキャップ(上限)を設け(もうけ)、それを支払える全ての球団が交渉できるというものだった。

 結果的に田中投手は総額1億5500万ドルの7年契約でヤンキースと契約をしたが、僕は譲渡金にキャップを設定するMLBのやり方を承服(しょうふく)できなかった。もし、 これを認めたら、日本のプロ野球がMLBの「2軍」になってしまう。日本のチームで育った選手が、対等の話し合いのもとで胸を張ってMLBに行く――そうした仕組みがこれからの 日本プロ野球の発展のために絶対必要であると思ったのだ。

日米間の「不平等」

 最終的に楽天は新ポスティングシステムを受け入れたが、その間、僕が田中投手のMLBへの挑戦を阻んで(はばんだ)いるように見えた人もいるかもしれない。けれど、 そこにあったのは「日本球界を今後いかに発展させていくか」という問題意識だった。

 だから、僕は田中投手がアメリカに渡った後、2015年にMLBのコミッショナー(commissioner)に就任したロブ・マンフレッド氏のもとを直接訪ねることにした。これからの 日本球界が発展していくためにも、「次の機会があった際は、トレードマネーや契約金に対してキャップを設けないで欲しい。また、契約金の20パーセントは日本のチームに 入るようにすべきだ」と、A4のペーパーを用意して意見を伝えに行ったのである。

 以来、ロブ・マンフレッド氏とは年に一度は会う機会を設けているが、契約の際の日米間の「不平等」は今もなお残ったままだ。

 一球団のオーナーに過ぎない僕がそうした交渉をする必要に迫られたのは、日本のプロ野球がMLBとの交渉に及び腰であることも(A reluctance to negotiate) 一因だったと言える。

 本来、NPBとMLBはビジネス的にも、もっと対等な関係が結べるはずだ。何しろ30年前を振り返れば、1チーム当たりの売上はNPBもMLBも大して変わらなかった。 ところがMLBでは様々な振興策が成功したことで、今ではおよそ10倍もの差がついてしまった。その状況に安穏としていいわけがない。

 MLBに驚かされるのは、高い収益を上げながらも、足元の球場来場者数(きゅうじょうらいじょうしゃすう)が下降傾向(かこうけいこう)になっている状況に対し、大きなルール変更を してでもそれを食い止めようとしていることだ。今季から導入された「ピッチクロック」などはその典型だろう。

 試合時間短縮とゲームに「動き」を出すために、走者(そうしゃ)なしでは15秒以内、走者がいる場合は20秒以内に、打者と次の打者の間は30秒以内に投球動作(どうさ)を始める、 などといったルールだ。これには、「そこまでやるのか」と驚かされるものがあった。ルール変更にはアメリカでも賛否両論(さんぴりょうろん)があるようだが、日本もそうした貪欲さ(たんよくさ) については見習うべきだろう。

 野球の場合は世界的に競技人口が少なく、世界でこのスポーツを盛り上げるためには日本とアメリカが連携するのが最も良い方法だ。MLBコミッショナーと話していても、日本のプロ野球界が その気にさえなれば、一緒にできることはいくらでもあると感じる。日本側が魅力的なアイデアを出せれば、相手は必ず話に乗ってくると思う。

 そもそも日本のプロスポーツの世界は、ビジネスを大きく成長させようというアイデアや目標が圧倒的に不足しているのではないだろうか。そこにある可能性を活かしきれていないのは、勿体ないと思う。

なぜ日本人にこだわるのか

 例えば、Jリーグを考えてみよう。ヨーロッパや南米を中心としたサッカーの盛んな国の中で、世界3位の経済規模を持つ日本は最大のポテンシャルを持っているはずだ。具体的な成長目標を立て、 問題点や課題をしっかりと分析し、そのために何をすべきかをスポーツ産業として考えていけば、欧州に匹敵する国内リーグを作り上げることも夢ではない。そのなかで、アジアの国々の選手が日本で プレーすることに憧れ、それぞれの国のスターとなり、放映権を売れるようになれば、日本のサッカーは巨大な産業になるだろう。

 そのために必要なことの一つが、外国人枠の完全撤廃(てっぱい)だ。僕がFCバルセロナを退団したアンドレス・イニエスタ選手を日本に連れてきて、ヴィッセル神戸に加入してもらったのも、 彼のようなスター選手がその問題提起の起爆剤になると思ったからだった。

 なぜ日本のプロスポーツの世界は、「日本人であること」にそれほどまでにこだわるのだろうか。WBCで日本が優勝した際、大谷翔平選手は「日本だけではなく、韓国や台湾、中国、その他の国も もっと野球を大好きになってもらえるように、その一歩として優勝できてよかった」と語っていた。その言葉通り、日本のプロスポーツは野球もサッカーもアジアを牽引していく力と可能性を持っているのだから。