三木谷浩史「未来」 第88回 2023/05/09
スポーツベッティングを解禁せよ
僕は、日本のスポーツ産業を盛り上げるための大きな策の一つとして、規制を緩和すべきではないかと思っている分野がある。
それは「スポーツベッティング」を国の施策とすることだ。
今では十分市民権を得たサッカーくじの「toto」のように、しっかりと振興していけば、今後の地方の経済や社会に大きく貢献する流れを作れる可能性があると思う。
プロスポーツは、多くの人々を熱狂させるエンターテインメントの強烈なコンテンツである。今年のWBCの盛り上がりがそうであったように、一流の選手たちがフィールドでしのぎを削り、様々なドラマが生まれるプロセスには唯一無二の魅力がある。
ただ、その力を産業としてとらえていく明確な視点が日本には欠けている。
例えば、日本のスポーツ界は「外」に目を向けて、積極的に発信する戦略を持たなければ衰退してしまうという危機感を、僕は持っている。だからこそ、繰り返し言ってきたように、外国人選手枠をもっと緩和することで、海外市場へのコンテンツの発信力を上げる施策を強化する必要がある。日本では今後、人口が急速に減少していくのだから、縮小していくマーケットを広げるアイデアを考えていかなければ、スポーツが産業として成長することは難しい。
そのような中、世界中でスポーツ観戦の人気をドライブさせているのが、スポーツベッティング解禁の流れだ。
世界で最も知られているスポーツベッティングは、1960年代からイギリスで政府公認となった「ブックメーカー」だろう。イギリスではサッカーのプレミアリーグをはじめ、様々なスポーツの試合が賭け(かけ)の対象になっており、それを政府が公認してきた歴史を持っている。
次のバッターが打つか
そして、2000年代に入ってからイギリス以外の国でも、このスポーツベッティングを解禁する流れが一気に広がっている。ヨーロッパだけ見ても、フランス、ドイツなどで次々に解禁されていった。
中でも、大きく舵を切ったのがアメリカだ。
アメリカではこれまで、ラスベガスのあるネバダ州を除いて(のぞいて)スポーツ賭博(とばく)が禁止されていた。しかし、2018年に最高裁判所がこれを違憲とする判決を下し、基本的にギャンブルの実施については各州の判断に委ねられることになった。以来、現在では約半数の州でスポーツベッティングが解禁されている。
なかでも興味深いのは、そのことがメジャーリーグベースボール(MLB)の放映権料の大幅な増加に繋がったという指摘だ。考えればそれもそのはずで、海外のスポーツベッティングは、「どちらが勝つか」と単純に勝敗だけを賭けの対象にするだけではない。それこそ「次のバッターがヒットを打つか」や「点差は何点になるか」など、リアルタイムで賭けを楽しむことができる「ライブベッティング」が人気を博しているという。ひいきのチームや選手をより一層、応援する動機になっているのだろう。
これはIT技術の発展とインターネットの通信速度の上昇によって、テレビやスマホで試合を観ながら倍率やベットの状況をオンラインで処理できるようになったことが大きい。つまり、IT技術がスポーツの見方、関わり方を変えたのである。スポーツ観戦というリアルタイムならではのドラマの魅力を、上手に引き出した手法(しゅほう)でもあると言えるだろう。
2021年にはカナダでもスポーツベッティングが解禁されたので、いま、G7の国で公営ギャンブルや「toto」などのスポーツくじ以外のスポーツベッティングを禁止しているのは、日本だけとなった。
数兆円規模の市場に
政府は近年、統合型リゾート(IR)整備推進法案、通称カジノ法案を成立させるなど、日本にカジノを作ることに熱心だ。カジノ施設とともに周辺の開発を進めて経済効果を広げようという意図だが、そうであればスポーツベッティングをいち早く認めてもいいのではないだろうか。
サッカーや野球など全国にクラブチームはあり、各地域でひいきのチームを応援する動機にも繋がる。僕は、パチンコの依存症になったり、法律の穴をすり抜けて闇賭博が行われたりするくらいなら、スポーツベッティングの方がずっと健全だと思っている。国にとっては税収も増やすことのできる施策で一石二鳥だろう。
依存症が心配なら、例えば、掛け金を大きな金額ではなく、「一人につき3万円まで」くらいに制限して、さらにマイナンバーカードと連携させてもいい。実際、「toto」では、1回あたりの購入金額合計は、5万円までと定められている。
スポーツベッティングの市場は、もし日本で解禁されれば数兆円規模になると言われている。ところが現在は、インターネットを通じて海外に日本のお金が流れているとされている。それなら、いっそのこと日本政府が競馬や競輪のような公営ギャンブルと同様に、スポーツベッティングを公認してしまった方がいいはずなのだ。
けれど、どうも日本政府にはスポーツと「ギャンブル」を結びつけることを、敬遠しなくてはならない雰囲気がある。いつも「教育的観点」などの理由が前面に押し出されてしまう。
だが、掛け金などの仕組みや伝え方を工夫すれば、スポーツベッティングを健全な形で国民の間に広めていくことはできるだろう。また、そうしたお金の流れがあれば、今はまだできていないスポーツ分野のサポートや教育、地元への還元も可能になる。
そして様々なポジティブ要素をプラスしていけば、インターネットを通じた観戦の楽しみ方のイノベーションにも繋がっていくに違いない。