三木谷 浩史 2023/05/17

ウクライナから届いた一枚の旗

 楽天グループの本社にある僕の執務スペースにはいま、ウクライナから届けられた一枚の旗が飾られている。「特殊部隊#91」という、ロシアと闘う歩兵部隊からのサインが寄せられているものだ。

 この旗が届けられたのは、今年2月のことだった。今年に入ってすぐ、僕はウクライナへの支援として「Samurai Donation Project」という名のプロジェクトを立ち上げ、500台の発電機を変圧器とセットでウクライナの避難所などに届けた。僕が資金を出し、発電機は株式会社工進と連携して、ヨーロッパへの配送には日本郵政株式会社の子会社であるJPトールロジスティクス株式会社の協力を得て行った。

 執務スペースに飾ってある旗は、そのお礼として送られてきたものだった。最前線の部隊から届いたことには驚いた。この旗を見るにつけ、平和な日本とは裏腹に、かの地では今も戦争が確かに続いていることを否応なく(いやおうなく)実感する。そして、少しでも早く彼らに平和な日々が訪れて欲しいという思いが強くなっている。

 僕がウクライナへの支援として発電機を送ったのは、厳しい冬の寒さにもかかわらず、ロシアによる攻撃で多くの市民が電気のない生活をしていると聞いたからだった。電気がなければ、お湯も沸かせず、ヒーターで部屋を暖めることもできない。

 何より大きな問題は、スマートフォンだ。スマホは戦争の渦中にあるウクライナの人々にとって、戦況や町の状況を知るための文字通りライフライン。その充電ができないことは、彼らにとっては生死に関わると言ってもいい。

 ロシアが発電所を攻撃して電力の供給を止めるのであれば、発電機によって電源を分散化することは大きなセーフティネットになり得る。もちろん、個人の支援には限界があるけれど、それが発電機をウクライナに届けようと考えた理由だった。

岸田首相のキーウ訪問は

岸田首相とゼレンスキー大統領.png

 その意味で、3月21日の岸田文雄首相によるウクライナへの電撃訪問は、日本の立場を鮮明にする上でも非常に重要だったと言える。

 岸田首相の訪問はG7の中では最後となったが、そもそも戦地を日本の首相が訪問するのは戦後初めてのことだという。議長国を務めるG7の広島サミットを控える中、岸田首相はインドから日本に帰国せずにウクライナに向かい、ゼレンスキー大統領との会談に臨んだ。

 マスコミでは岸田首相が「必勝しゃもじ」を持って行ったことが、面白おかしく(おもしろおかしい 《面白おかしい; 面白可笑しい》 (adj-i) (uk) humorous; )報じられもした。僕は詳しくは知らなかったし、国会や国民の間でも賛否両論があったようだが、応援の気持ちを鮮明に表明するのは悪くはないことだと思う。ひょっとすると、岸田首相は賛否(さんぴ)の両方の声が上がることを見越して、敢えてそうしたパフォーマンスを行ったのかもしれない。

 さらに、日本はNATOの基金を通じて3000万ドル(約40億円)を拠出(donation; contribution)すると同時に、エネルギー関連などでの無償援助も行うとしている。ゼレンスキー大統領との会談で、両国の関係を「特別なグローバル・パートナーシップ」に格上げ(status elevation; upgrading; promotion)し、「唯一の戦争被爆国の我が国として、ロシアの核兵器による威嚇は受け入れられない」(朝日新聞3月22日付夕刊)と、広島G7サミットへの意気込みを語ったことも評価に値する姿勢だろう。実際にロシアの核の脅威に晒されているウクライナにとって、そうした「連帯」には言葉以上の意味があるはずだ。

 日本のような比較的中立のスタンスを取ってきたアジアの国であっても、ウクライナとロシアの問題には強い関心を持っており、「民主主義」というものを力強くサポートする――。そうしたメッセージを発信できたことは国際的に評価されるべきだ。そして、戦禍に生きるウクライナの人々にとっても、そのメッセージは心強い言葉であったのではないかと思う。

 ウクライナへの支援については、日本政府もこれまでできる範囲で行ってきたと思う。こうした国際関係では、大国・中国との関係もあり、常に難しい舵取りが求められてきた。得てして慎重姿勢になったり、逆に過度な軋轢が生まれてしまったこともある。

もっと踏み込んだ手法を

 そうした中で巧みな外交手腕を発揮してきたのは、国内では「保守」を前面に出す一方で、中国ともそれなりに上手く関係を保とうとした安倍晋三元首相だった。中国政府にも、安倍元首相の言うことなら耳を傾けようという空気感(atmosphere)が出ていた。

 当然、岸田首相にも、非常に高度な外交と防衛のコンビネーションの中で、様々な綱渡りが必要だったはずだ。折しも、中国の習近平国家主席は同時期にロシアのプーチン大統領と首脳会談を行っており、水面下で事態は常に動いているように見えた。

 ロシアでは5月9日、第二次世界大戦の戦勝記念日を迎え、軍事パレードが行われた。プーチン大統領は演説で侵攻を正当化したうえで欧米への批判を述べるとともに、中国への配慮を滲ませていた。中国とロシアの関係は今後、重要なポイントにもなってくると見られる。

 軍事支援のハードルが高い日本にできることは、民生分野での財政支援をメインとしていくことだろう。ただ、今後は、岸田首相のウクライナ訪問を経て、もう少し踏み込んだ手法をとってもいいように僕は思う。例えば、前述した発電機一つを考えても、政府が主導して10万台、20万台の単位で一気にウクライナに送り、必要な場所に届けるようなオペレーションだって可能ではないだろうか。

 また、日本は世界が二極化(にきょくか)する中で、対極同士のバランスをとる役割を担う(になう)ことができる貴重な存在だ。そのことをもっと意識してほしい。外交関係というのは、国益がぶつかる中で、そもそも白黒をはっきりつけることが難しいもの。岸田首相には、中国との関係を見据えつつも、民主主義国家として「自由」への闘いに協力していく姿勢を常に探っていって欲しい。