三木谷浩史「未来」 第98回 2023/07/19

本当に必要な「異次元の少子化対策」

 ここ最近、岸田文雄首相と面会が続いた。6月中旬に、会合で席が向かい合わせになり、30分ほどざっくばらんに(遠慮がないさま)話す機会があった。7月上旬(じょうしゅん)には、新経済連盟の代表理事として、日本の未来に向けた戦略を提言させて頂いた。

 岸田政権について、最近少し気になることがある。息子の翔太郎氏(しょうたろうし)を巡る問題だ。首相公邸で忘年会を開いたり、海外で公用車を使ったりしていたことなどに対する世の中の批判が大きくなり、首相秘書官を辞任したのは記憶に新しいところだ。けれど、果たしてそこまで大騒ぎすることだったのか。首相の親族であれば、誘拐など身の危険を考えれば、公用車を使ったほうが問題が起きにくいのではないかと思う。ホワイトハウスでも、大統領の家族はパーティーくらいはするはずだ。そうした小さなことに目くじらを立てすぎると、日本社会の閉塞感(へいそくかん)はますます加速していくのではないか。

 最近のマイナンバーカードの問題にしても、野党の批判やメディアの報道姿勢には違和感を覚える。一連のトラブルは、データ入力時の人為的なミスなどいくつかの原因があるようだ。内閣をことさらに責め立てるより解決に向けた建設的な議論をすべきではないか。夫婦別姓やLGBT法案などのテーマも、政権側が保守系の実力者とされる政治家たちの「声」を気にし過ぎている印象を受ける。首相にはもっとどっしりと構え、取り組んでもらいたい。

「家族」の形が変わった

 さて、その岸田政権が6月中旬に発表したのが、「異次元の少子化対策」だ。政府にとっていま、最も力を入れなければならない「大きなテーマ」の一つなのは間違いない。

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 児童手当の所得制限を撤廃して、支給金額を一部引き上げるほか、大学の授業料についても支援を拡大するという。日本の人口は12年連続で減少している。このまま出生数が減り続けた場合、30年後には1億人の大台(おおだい)を割り込む計算になる。日本の「未来」にとって、この著しい人口減少はあらゆる分野に影響を及ぼす大きな課題であり、その対策に政府が本腰(ほんごし)を入れることは当然だ。

 そもそも日本の少子化が深刻になった最も大きな要因は、この30年間にわたって経済成長が滞って(とどこおって)いたことにあるだろう。自分の将来がどうなるか分からない環境では、若い世代が子どもを持ちたいと考えられないのは当たり前の話だからだ。僕が銀行に就職した30年前と比べて、初任給や給料水準がほとんど変わっていないのは、異常というしかない。

 さらに言えば、「人生50年時代」に作られた家族制度や結婚制度などの様々な仕組みが、「人生100年時代」に対応しきれなくなってきたという視点も必要だと思う。いまや父親が働いて母親は家で子どもを育てて……という時代ではなくなった。女性の社会進出が進んだ一方で、昔に比べて離婚する夫婦も少なくない。例えば、出生率が回復したフランスのように、新しい「家族」の形や婚外子(こんがいし)にもっと寛容な社会になっていく必要もあるだろう。

「異次元の少子化対策」というからには、この30年間の社会の構造的変化を上回るインパクトを持った政策でなければならない。

 そして、やはり少子化を乗り越える上で大きな原動力となるのは、以前から書いてきた通り、「移民」を受け入れていくことだ。

 日本は新型コロナで落ち込んでいたインバウンド(Inbound)需要が回復しつつある今も、深刻な人手不足(ひとでぶそく)に悩まされ続けている。レストランなどでも労働者が足りないために、土日に閉めざるを得ない場所もあるようだ。

 加えて、高度人材をいかに日本に呼び込むかも同時に考えなければならない。ただ、その点において日本は根本的な問題を抱えている。年収が高額になると半分近くが税金で取られるような国は、海外の高度人材にとって魅力が薄いということは言うまでもないからだ。

1億1000万人を下限(かげん)に

 例えばシリコンバレーのインターネット企業のエンジニアは、2500万円以上の年収が普通だ。このような人材が、税金の高い国で働こうとは思わないだろう。岸田首相にも何度か同じ話をしているが、移民で人口減少分を補おう(おぎなおう)としても、減税をしなければその効果は限定的になることは繰り返し指摘しておきたい。

 30年前、銀行員だった僕がハーバードのビジネススクールに留学していた頃、アメリカの人口は2億6000万人ほどだった。それが今では3億4000万人にまで増えている。移民に関しては強硬な反対意見も一部にあるが、様々な問題を抱えながら数十年で人口が大幅に増加したことは、間違いなくアメリカという国のパワーの源泉になってきた。

 このグローバルかつ高度に情報化された社会では、多様性はそのまま「国の力」となる。だから、日本の良さをどんどんアピールして、たくましい人材を呼び込むことが僕らの「未来」には不可欠(ふかけつ)といえる。

 少子化対策においては、「人口が1億1000万人以下にならないようにする」といった目標値を示すことも有効だろう。最近では日本の人口が8000万人程度になるなどと当然のように語られているが、これは労働力が不足するという問題だけではない。人口が減ってマーケットが縮小していく国に力強い「未来」は望めないからだ。

 一方で、日本は人口がアメリカの3分の1にもかかわらず、個人資産はアメリカの半分に達している。単純計算で日本国民はアメリカ国民より1.5倍の資産力を持つということだ。ただ、その資産が今は個人の預貯金で散らばり、埋もれて(うもれて)いる。これらをもっと経済成長に繋がる投資へ振り向けるべきだろう。つまり「お金にお金を稼がせる」。単にバラマキを進めるだけでなく、こうした日本のポテンシャルを生かすやり方こそがいま求められている。

 日本を取り巻く重要課題は山積みだ。しっかり旗を立てて「ここに向かうぞ!」と国民に明示して、みんなで全力で取り組む――岸田首相にはそんなリーダーであって欲しい。