WBC栗山監督の「適材適所」采配を見て
三木谷浩史「未来」 第86回 2023/04/12
3大会ぶりの制覇で日本中が歓喜に沸き、大きな盛り上がりを見せたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)。
その期間中、僕は楽天の「完全仮想化モバイルネットワーク」を世界で展開するための商談で、アメリカやヨーロッパ、中東の国々を訪問していた。海外出張の合間に侍ジャパンの試合を観ていたのだけれど、やはり一流のスポーツは極上のエンターテインメントだなぁ、と深く感じ入った。
規格外の二刀流をWBCの舞台で披露した大谷翔平選手、当初は不調だった村上宗隆選手を最後まで使い続けた栗山英樹監督の采配――。スポーツ観戦の醍醐味は言うまでもなく、筋書きのないドラマだ。
それはもちろん、野球に限ったことではない。サッカーでもリオネル・メッシ選手のシュートや忘れられない試合がたくさんある。誰にも真似できない超人的プレーや一瞬一瞬の積み重なりがあるからこそ、僕らはスポーツの試合をどうしてもリアルタイムで観たいと思う。
今回のWBCで、なかでも特に印象深かったのは、短い時間でチームを一つにまとめ上げた栗山監督の手腕だった。
栗山監督の采配の素晴らしさを見ていて思い出したのは、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督として指揮を執っていた故・野村克也監督が、繰り返し言っていた「適材適所」という言葉だ。
選手たちの「適材適所」を見極めることは、チームとしての組織力の向上に繋がる。それこそが、監督という存在の大きな役割だと思う。僕が野村監督のこの言葉が好きなのは、その視点がビジネスの世界にも通じるものであるからだ。
経営者の腕の見せ所
ただ、野球であればポジションは全部で9つしかないし、トーナメント戦であれば一戦でも負ければ終わりだ。
一方、ビジネスの場合は人材の「適材適所」の組み合わせと時間は無限にある。Aという部署では活躍できなかった社員が、Bという部署に行った途端、目覚めたように成果を出し始める、ということは少なくない。
楽天グループでは、eコマースや金融、通信、医療と幅広い事業を手掛けているし、その事業の中には、経営やファイナンス、行政対応などといった様々な専門分野がある。
スポーツでもビジネスでも、チームの中にはオフェンスが得意な人がいれば、ディフェンスが上手な人もいる。デザイン的なセンスのある社員、営業なら俺に任せろという社員――という具合に多様な人材のなかで、それぞれの個性や適性をいかに活かすか。長所と短所を認めた上でお互いの足りない部分を組織として補いながら、チーム全体として皆の長所を最大限に伸ばすマネジメントが経営者の腕の見せ所だ。
野球では9人、サッカーでは11人、楽天グループであれば3万5000人が同時にプレーをしている中、与えられた状況下でその仕組みをどうやって作り上げるか。「適材適所」の配置を行いながら、それぞれの経験を通じて成長を続けていく人材が、さらに大きな責任を任されていくというプロセス――それこそが、組織の自律的成長というもののダイナミズムと言える。
栗山監督はメジャーリーグベースボール(MLB)のセントルイス・カージナルスから招集したラーズ・ヌートバー選手を侍ジャパンの先頭打者に抜擢し、大谷選手やダルビッシュ有選手をチームの精神的支柱に据えるなど、まさに「適材適所」の実践によって、短い時間でもチーム力を最大化したように見えた。
その上で最終的には勝つという目標に向かって、リーダーは全体的な統率を執る。その結果が試合のパフォーマンスにつながるという意味で、栗山監督の采配は見事に的中したということだと思う。
3大会ぶりのWBC制覇を遂げた侍ジャパンの帰国後会見 「適材適所」によって選ばれた選手達の間にも、とても良い循環が感じられた。人間には「実力」、「能力」、「潜在能力」の三つの要素があり、普段の練習や精神的な鼓舞などがかみ合った時、それらがとてつもない大きな力となる。
WBCの決勝戦の前、大谷選手がチームメイトに「今日だけは(MLBのスター選手に)憧れるのをやめましょう」と声をかけたと報じられていた。すでに「実力」と「能力」の揃っている侍ジャパンの「潜在能力」を引き出すことができたのは、その理想的な形の例だろう。
盛り上がりを一過性にせず
WBCを観戦しながら、僕は地方で活躍するチームの重要性も同時に考えていた。
スポーツは前述したように、「リアルタイム・エンターテインメント」として極めて優れたコンテンツだ。地域に根差したクラブチームはその街を活性化する。
実際、東北楽天ゴールデンイーグルスの存在は仙台という街に大きな経済効果を生み出し続けてきたし、東北の皆さんに夢を提供していると信じている。ヴィッセル神戸も地元・神戸の皆さんを中心に熱く応援いただいている。スタジアムでは地域社会でのニーズに応える取り組みも行ってきた。社会貢献とブランディングができるスポーツというコンテンツは、やはり大きな力を持っている。年間に150万人、200万人という人を恒常的に集められるパワーを持つのは、スポーツの他には思いつかない。
今回のWBCが終わった後、侍ジャパンのメンバーたちはそれぞれのチームへと戻っていった。最近では、WBCには怪我で参加できなかった鈴木誠也選手らスター選手のメジャー挑戦が相次いでいる。そのこと自体は素晴らしいけれど、WBCのこのお祭りのような盛り上がりを一過性のものにせず、日本の各地域において、この盛り上がりをしっかり受け継いでいかなくてはならないと思う。
僕自身も、スポーツや地方のさらなる活性化を応援していきたいと思っている。