三木谷浩史「未来」 第99回  三木谷 浩史 2023/07/26

アルトマンが日本に関心を示す理由

 アメリカの高校に通っている長男と一緒に、ChatGPTを開発したOpenAIのサム・アルトマンCEOに会う機会があった。長男はサムに対し、現在の「GPT-4」をフルライセンスで使うために「月に20ドルほどかかることについてどう思うか」という質問をしていた。月額(げつがく)20ドルと言えば日本円に換算して月額3000円くらい。この金額では、中学生や高校生がChatGPTを普段から勉強や研究に使うことは難しいだろう。

 そんな懸念を抱くのは、生成AIのようなテクノロジーを全ての人が日常的に広く使用することができれば、その国の知的レベルが飛躍的に上がっていくに違いないからだ。フルライセンスのChatGPTがそれこそ無料で使えるような仕組みがあれば、僕らの生活は今とはがらりと変わる。サムもその課題への対応策については考えていて、ひとまず学生向けのアカデミックライセンスを出すことを検討しているそうだ。

 サムがこうした日本人の質問にも真摯に耳を傾けるのは、生成AIの日本市場を強く意識しているからかもしれない。

 彼は今年4月に日本を訪れた際、自民党本部での会合にも出席していた。そこでChatGPTの歴史や活用事例などをプレゼンし、「日本にはAIの活用で存在感を発揮してほしい」と語ったという。報道によれば、ChatGPTの日本語のデータの精度向上のために、日本における研究開発拠点の設置にも言及したそうだ。

首相官邸で取材に応じるOpenAIのアルトマンCEO アルトマン.png

 サムがそのように日本に強い関心を示したのは、実は日本政府が欧米に比べて生成AIの活用にオープンな態度を取っているからだろう。

日本語ならではの課題

 いま、欧米では生成AIに対して、規制が必要だという意見がかなり強い力を持っている。プライバシーや著作権(ちょさくけん)、倫理的な問題について、多くの学識者や起業家が懸念を表明しているからだ。イタリアではChatGPTの使用が一時停止されたほどである。だからこそ、サムにとって、基本的にAIに寛容的なスタンスを取る日本政府は、今のところ重要な位置付けになっているはずだ。逆に言えば、AIの開発については日本が国際的な「リーダーシップ」を発揮するチャンスとも言える。

 ただ、日本語ならではの課題もあるようだ。相当掻い摘んで(かいつまんだ)説明すると、AIが言葉を認識する際、例えば「Hello」は1単位なのに対し、「こ・ん・に・ち・は」は5単位。それだけミスが生じやすく、同じChatGPTでもまだ英語ほどスムーズな会話はできないという。それでも、日本としてこのAIの分野に勝負をかけるだけの価値はある。

 生成AIを巡ってはリスクも指摘されているが、僕の基本的な意見は「始まってしまったものは、もう止まらない」というもの。たとえどれだけの懸念が示されても、この技術が一気に世の中に浸透し、「未来」を大きく変えていくことは明白だ。

 日々の生活におけるイメージで言えば、現状ではスマホをタイピングしている新幹線の予約もAIを活用すれば、手元のスマートウォッチに「今から神戸に行くからチケットを買って」と指示するだけで、ものの数秒で席が確保され、そのまま改札を通り抜けられるような時代が来るはずだ。ディープラーニングをベースにした生成AIは楽天市場のショッピングのあり方も変えるだろうし、将来的には自動運転にも使われるだろう。それも「5年以内」といったスピード感で。

 ChatGPTのような生成AIを、国民全員が安価(あんか)に広く活用できるようになれば、確実に国の人材のレベルは上がっていく。その意味で僕が是非、前向きに進めて欲しいのが教育現場での生成AIの活用である。いま、教育現場では生成AIの使用を規制すべきかどうかの議論が盛んに交わされている。そのとき考えなければならないのは、従来の暗記重視の教育を根本的(こんぽんてき)に見直さなければならない、ということだ。

AIは優秀な「教師」

 僕自身は、勉強で暗記をするのがとても苦手で苦痛(くつう)だった。「いいくに作ろう鎌倉幕府」と、語呂合わせ(ごろあわせ)をしてまで覚える意味は一体どこにあるのだろうか、とどうしても疑問が先に来てしまったからだ。思えば、歴史の成績は10段階の2や3だった気がする。しかも、今では鎌倉幕府は1192年ではなく、1185年成立説が有力らしいから、何のために語呂合わせで暗記したのか分からない。

 学習とは本来、一つの問題に対して「ああ、こうやって解くんだ。じゃあ、次も同じような解き方をしよう」と深めていくものだ。数学なら法則を見つけ出せばいいし、歴史なら一つの「事件」や「出来事」に興味を持てば、それに関係する年号や用語は自然と覚えるものだ。

 例えば、数学や物理に関心を持った子どもたちは、まだ習っていない範囲の様々な質問をAIにぶつけて自ら学んでいくだろう。もちろん答えが間違っている場合もある。それも含めて答えを鵜呑み(うのみ)にせずにいろいろ考え精査することも学びの中ではとても重要だ。

 質問に対してすぐに答えを導き出してくれる生成AIは、好奇心を持った人にとっては優秀な「教師」にもなり得る。自分の中に「問い」が生まれ、それに対する「答え」が即座に分かる環境は、その人の好奇心もまた掻き立てていくはずだ。

 要するに、AIが身近になった世界では、先生が子どもたちの好奇心や関心をうまく引き出すことさえできれば、学びの効率や深さが2倍にも3倍にもなるのではないか。もちろん、教師に求められる能力も大きく変わっていくことになるだろう。

 そもそも歴史や数学、科学というものを学校で教えるのは、子どもたちがこれから作り上げていく「未来」をより良いものにするためだ。「なぜ」を本質的に問う学びこそが、現状を突破する力を培う。

 その意味でも、生成AIの教育現場での活用は、上手く進められれば暗記偏重(あんきへんちょう)の日本の教育を変える契機になるだろう。