土屋賢二

ツチヤの口車 第1290回 2023/04/29

自立の難しさ

 わたしの欠点の一つは大人になりきっていないことだ。高齢者にもなって大人でないのはまずい。大人とは自立した人間だと思って、自立促進連絡協議会の会長慈率即心(うつみりつそくこころ )氏に聞いた。

「自分のことは自分で決める。これが自立であり、自由である。人類は命を賭けて自由を獲得してきた。自分の運命が独裁者の気まぐれで(気が変わりやすいこと)決められてうれしいか? 全部を自分で決めれば不満を抱きようがない」

――なるほど。しかも自分で決めたら、他人に責任転嫁(せきにんてんか)できませんしね。女性に「おまかせするわ」と言われてハンバーグを注文すると、それが不味くて(まずくて)「ここのハンバーグは不味い(まずい)と思ってた」と言って女性に責められました。責任転嫁もいい加減にしろ!

「わたしもそれでどれだけ悔しい思いをしたことか」

――自立のデメリットはあるんでしょうか。

「何事にもデメリットはある。第一に、思い返してみろ。自分で決めることは、偏った食事、スマホの見過ぎ(みすぎ)、衝動買い、欲に負け、誘惑(ゆうわく)に屈し、まるで破滅を望んでいるみたいだ」

――おっしゃる通りです。

「親や先生や家族から注意されたことを思い返してみろ。早寝早起き(はやねはやおき)しろ、ギャンブルをやめろ、規則正しい生活をしろなど、自分の利益になることばかりだ」

――その通りです。

「自分の決めたことに従うとロクでもないことになるのだ。第二のデメリットは、自立が難しいということだ。万引したら捕まるだろう? 店にも意思があるからだ。他人の言うなりになるまいと決心しても、妻に『いつまで寝てるのよ!』と言われたら、眠り続けることができるだろうか。自分で決めても、家族や子どもや犬やネコ、ゴキブリやスズメバチ((雀蜂、胡蜂)やダニ(蜱・〈壁蝨〉)からウイルスに至るまで、みんな自分の意思を勝手に通そうとするから、自分の意思を貫くのは難しくなる」

――抵抗勢力が多すぎる。敵だらけです。

「さらに険しい難関がある。自立を脅かす敵が自分の中にあるのだ。欲望がそうだ。欲望に支配されている人は自立しているとは言えない。恐怖心にとらわれても、感情に流されても、快不快に振り回されても、自立しているとは言えない。それらに支配されずに選択しなくてはならない。難しいことこの上ない」

――欲望にも恐怖心にも感情にも快不快にも左右されない選択がありうるんですか? どんな選択をしても、欲望なり快不快なり感情なりが根底(こんてい)にあるんじゃないんですか? 困っている人をみて「かわいそう」という感情に動かされる人は自立していないんですか? それなら自立して何をするんですか?

「そこだよ。自立とは何かが分からないのだ。まさにそれが第三の、最大のデメリットだ。他人の言うなりにならないということしかはっきりしないのだ」

――えっ? 分からないものを「促進」してるんですか? 相談しなきゃよかった。ところで、なぜ前髪(まえがみ)で目を隠してるんですか?

「昔、『前髪を切ってひたいを全部出せ』と忠告されたんだ。他人に服従したくないから、前髪を伸ばして垂らしている。顔の半分が隠れて不自由なんだ」

――切るべきです。

「言うなっ! 見ろ。切るべきかどうか分からなくなったじゃないか」

――鼻の頭にご飯つぶがついているのもそうですか?

「そうだ。他人に注意されたから従いたくないが、気になって仕方がない。この1週間、ご飯つぶを落とさないように顔を洗わなきゃならなくて不自由なんだ」

――さっきから鉛筆が鼻の穴に入ったままですが……

「え? あーっ、癖が出た。指摘されたからもう取れない! どうしよう」

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