ツチヤの口車 第1308回 土屋 賢二 2023/09/16

騙されやすさの研究

 友人がメールで送ってきた自撮り(じどり)写真は衝撃だった。

 誤解を恐れずに言うと、友人の外見は弥勒菩薩像(みろくぼさつぞう)に似ている。写真に写っているのも、恐れ多くも弥勒菩薩を檻に入れて運動を禁止し、高カロリー食を与え続けて体重を3倍に増やし、神々しさ(こうごうしさ)と気品と毛髪(もうはつ)を除去し(じょきょし)、代わりに無精ひげ(むしょうひげ)を生やし、暴飲暴食(ぼういんぼうしょく)と不摂生(ふせっせい)の毎日を過ごしている自堕落(じだらく)な中年男だ。

 驚くのは男が着ているTシャツだ。トリックアート(trick art)がプリントしてあり、螺旋模様(らせんもよう)の効果で、大砲の砲弾が男の胴体を通過してできた大きい穴が開いているようにしか見えない。

 世の中にこんなTシャツを着る男がいるとは思わなかった。そんなTシャツを売っていることすら賢明な人は知らないはずだ。そう思って、数日前、この男に「こんなTシャツがあるよ」と教えたのはたしかだが、まさか買うとは思わなかった。これでトリックTシャツをもっているのは、わたしの知るかぎり、この男とわたし2人になった。

 わたしのもっているTシャツのうち、2枚は螺旋のトリックアートだが、そのうち1枚はサイズが小さすぎて、5分間着ていると圧迫されて窒息しそうになり、もう1枚はプリントが不鮮明で、穴が開いているようには見えない。もう1枚は、子ネコがわたしの体内からTシャツを破って出て来ているように見えるシャツだ。

 わたしは3枚買って2枚は外れだったが、この男が買ったTシャツは完璧だ。写真に添えたメールの文章も「痩せて見える!」と喜んでいる様子だ。もちろん、どう見ても痩せて見えるわけではない。腹部に大きい穴が開いている人を「痩せている」と表現するのなら別だが、肥満体の男の腹を砲弾が通過したように見えるだけだ。それでも錯視効果(さくしこうか)は疑う余地がない。

 この驚きの錯視効果を、わたしがいる老人ホームの高齢女性に見せた。驚くだろうと思ったのだが、驚いたのはわたしの方だった。例外なく、

「腹の出た薄毛(うすげ)のおっさんがTシャツを着てはるように見える」

 と答えたのだ。何人もの高齢女性に聞いたが答えは同じだった。

 この結果に驚いて、施設の職員の人に見せると、100パーセントの人が「穴が開いているように見える」と答えた。錯視の効果には明らかに年齢差がある。

 この調査結果に対して専門家はケチをつけるだろう。調査方法が雑だ、統計処理がなっていない、調査者が信用できないなど。信用しない理由としては「本を貸したのに返さない」「昔、原宿を歩いていてスカウトされたことが3回あると自慢しているが、実際は自衛隊の勧誘と宗教の勧誘とピンクチラシ配布のバイトの勧誘だった」などだ。

 なぜ反応に年齢差があるのか。わたしの仮説は「歳をとると成熟して騙されにくくなる」というものだ。

 こう言うと、「それならなぜ高齢者ばかりがオレオレ詐欺にかかるのか」としたり顔で反論する者が出てくるだろう。答えは簡単、オレオレ詐欺を働く連中が高齢者ばかりを狙うからだ。

 だいたい、「あなたの息子さんが会社の金を使い込んだ」「ひき逃げをしてすぐ示談金を払わないと逮捕される」「暴力団の女に手を出して金が急遽必要だ」といった話を信じるのは、話を聞く以前から「息子ならやりかねない」と、息子を根本的に疑っているからだ。息子を疑っていれば詐欺師に騙されやすくなり、息子を信じていれば息子に裏切られやすくなる。どっちにしても騙されるのだ。

 それでも高齢者になると騙されにくくなる。疑うなら、わたしを見てもらいたい。【以下次号】

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