夜ふけのなわとび 第1797回 林 真理子 2023/06/09

もっと好きになって

 4年ぶりの台湾へ。

「中国にナンカされる前に、早く行っておかなくてはね」

 と友人は言った。私も、

「そうだよ。香港みたいになったらイヤだもんね」

 コロナ前までは仲よしの女3人で、毎年海外へ旅行した。行先はアジアで、香港、マカオ、韓国、台湾への3泊程度の旅。食いしん坊で買物が大好きの私たちは、とにかく精力的に歩きまわった。出発前からレストランやエステ(エステティックサロン 7, aesthetic+salon)の予約をし、ブランド品のチェックもぬかりない。香港のバーゲンは、楽しかった思い出のひとつだ。靴のアウトレットを見つけ、それこそ夢中で買いまくったこともある。

「だけど香港は、もう私たちの知っている香港じゃないよね」

 とファッション関係の友人。

「〇〇〇(有名なセレクトショップ)なんて、品揃えがまるっきり変わっちゃったもの。全然おしゃれじゃない」

「そうだよね。中国の影響が強まってから、店員さんの態度も違うよね。刺刺(トゲトゲ)してる」

 台湾にはとにかく早く行かなくてはねと、3人で話し合ったのであるが、私たちのこういう言葉は、台湾に住む日本人たちには、とても無責任なものに感じるらしい。

 台湾に着いた当日、夕飯の席にA子さんがやってきた。実は私たち、彼女に会うのはその日が初めてであった。台湾について本を何冊も出しているライターさんで、素敵な雑貨ショップも経営している。

「台湾に行くなら、この人に会いなさい」

 と、友人が日本で知り合いから紹介されたのだ。コットンのおしゃれなワンピースを着て現れたA子さんはまだ若く、中国語がものすごくうまい。世界中をいろいろまわったけれど、台湾に来た時、人々のやさしさと街の魅力にすっかりとりつかれ、ここに住むことを決めたそうだ。日本人のご主人との間に、小学生のお子さんもいる。いかにもデキそうな女性だが、どこかふんわりしている。

 日本に向けていろいろな記事を発信したり、撮影のコーディネイトもしている。また最近は台湾企業と日本との橋渡しもしているそうだ。その日のレストランも、A子さんお勧めのお店である。料理の選び方もさすがで、豆腐や海老の珍しい料理を食べた。

 お酒もイケるというので、私がワインを頼もうとしたら、

「ここはいろいろ揃ってますが、ハウスワインがいちばんリーズナブルでおいしいです。お店の人も言ってましたよ」

 確かにそのとおりで、赤の1本があっという間に空いてしまう。

 酔いがまわった頃、私はかなりセンシティブな質問をした。

「台湾に住む人って、やはり中国のことは脅威なの?」

「それがそうでもないんです」

 ちょっと表情が固くなった。

「そんなことは起こらないだろうと、大半の人は思っているし、何かあってもアメリカが守ってくれるだろうってみんな信じています」

 むしろ台湾に住んでいる日本人は、さまざまな情報が入ってくる分、不安に感じるらしい。ウクライナのことが他人ごととも思えないようだ。

「このあいだも、台湾に住むライターたちが集って、いろいろ話したんです。そして今の私たちに出来ることは、しっかり台湾のことを伝えることだ、ということになったんです」

ディープな台湾

 そして彼女は、日本に帰った私たちにいろいろな本を紹介してくれたり、記事を送ってくれるようになった。

「これは台湾有事に私たちが出来ることを教えてくれた友人の書いた記事です」

 田中美帆(たなか みほ)さんという女性が書いたものだ。彼女は日本の友人から来たメールに、ドキリ(どきん; どきり; ドキン; ドキリ (adv-to,adv,vs) (on-mim) being startled;)とした。そこにはこの1、2年で中国はきっと台湾に侵攻するから、家族と一緒に帰国した方がいい、と書かれていたからだ。気持ちはわかるけれど、

「『次は台湾』と言われるのも、あまり気分のいいものではない」

 そうでしょうね。

 田中さんは考える。有事にしろ無事にしろ、問題は、台湾で暮らす日本人に出来ることはあるのかということ。

 そんな時に日本の学者さんのリモートによる講演会があった。タイトルは「台湾有事と日台関係」。結論としては、今の段階では、中国の軍事侵攻は難しい。だからといって将来なにもないと決めてかかってはいけないと学者さんは言う。

 その前に、日本は台湾への軍事侵攻を許さない、という世論を形成しなくては、という言葉に田中さんは感激し、とにかく台湾のことを1人でも多くの日本人に知ってもらわなくてはと決心したのである。

「私も田中美帆さんと全く同じ考えです」

 というA子さんは、忙しいのにもかかわらず、私たちをディープな台湾に案内してくれた。丼のご飯にびちょびちょ(soaked)の海老のフライをのっけてくれる屋台のおいしさ。そしてデザートは、中年の女性が1人で黙々とつくる白玉と小豆。パイナップルケーキのいちばんの人気店も教えてくれた。行列が出来る野菜饅頭の店も。

 どんどん近未来都市のようになっていく中国本土と違い、古い商店街がごちゃごちゃと残る台湾が私は大好き。今回素晴らしい案内人を得て、台湾を心から楽しんだ。

「もっともっと台湾のこと好きになってくださいね」

 とA子さん。

「それが台湾を守ることになるんですから」

 台湾を愛する日本人たちは、こんなふうに頑張っている。