夜ふけのなわとび 第1804回 林 真理子 2023/07/28
不倫のルール
木原(きはら)官房副長官の記事を、週刊文春は6週続けて出したが、他のマスコミは産経を除いて(のぞいて)知らん顔を通すことにしたようである。
テレビのワイドショーも、女性週刊誌もウンともスンとも発信しない。
スキャンダルの渦中(かちゅう)にある木原夫人は大変な美人だそうだ。そのうえまるで東野圭吾(ひがしの けいご)さんの小説に出てくるような、すんごい半生(すごいはんせい)。本来ならとびつきそうな素材(そざい)である。
「おたくはどうして報道しないの」
と別の週刊誌の編集者に聞いたら、
「人の死がかかわっているから、迂闊な(うかつな、careless)ことは言えないんじゃないの」
ということで、私も何か(なにか)重大なことに触れたら訴えられるかもしれない。であるからして、私はあっちの方ではなく、こっちの方の話をしたい。
そう、このへんで不倫の報道コードを決めませんか、ということである。
なんでも木原さんには、愛人がいて2人の間にはお子さんもいるそうである。こちらの方だけでも大スキャンダル(だいすきゃんだる)であるが、あちらの方のインパクトがすごすぎて、みんな沈黙してしまっている。
しかも、この愛人については奥さんも承知していて、愛人宅へはちゃんと送り出してくれるらしい。
「なんら不適切なことはありません」
という木原さん側のお言葉もあった。
そうか、これからは奥さんが認めているから、不倫のことは問わない、ということになるのか。
私はスキャンダルにやられた、数々の政治家を思い出す。そう、細野豪志((ほその ごうし、1971年8月21日 - )さんのキスシーンは忘れられない。美男美女(びなんびじょ)で、まるでドラマのいち場面のようであった。あれなんか大目に見てあげればよかったのにと思う。神奈川県の黒岩(くろいわ)知事とかもいたな。
昔の話では宇野総理のことが大ニュース(だいニュース)だった。月30万のお手当をもらっていた元芸者さんがすべてを暴露(ばくろ)して、なんと在職2ヶ月で総理を辞めることになったのだ。
あの時私はこのページに、
「金をもらうわ、喋べるわ、では、この芸者さんちょっと仁義に悖る(もとる)のでは」
と書いたところ、フェミニストの方々に随分批判された。が、今でも私はそう思っている。もしお金のことを持ち出されて不快だったら、その時、
「ふざけんな」
と金額を示す3本指を折ってやればよかったのである。
話がそれてしまったが、政治家の場合、奥さんはわりと寛大なような気がする。というわけで、
「私も承知しております」
という夫人の言葉があれば、もうそれ以上は後追いしない、というのがルールその1。
木原さんは許したのに?
それから歌舞伎をはじめとする伝統芸能に携わる方々の不倫も問わない、というのはいかがであろうか。
何年か前、有名な歌舞伎俳優さんと祇園(ぎおん)の芸妓(げいぎ)さんとの記事が載って、知り合いの評論家が、
「ふざけんな!」
と怒っていた。そういう世界には、ふつうの人がうかがいしれない男と女の関係がある。歴史も文化もある。そういうのを、何も知らない週刊誌記者が書くな、ということらしい。これがルール2。
それから作家や画家にも特別なルールをつくってほしい。と思うのであるが、これは自分勝手と言われそうだからやめておこう。
とにかく、今回の木原さんのことで、やっとヒステリックな不倫騒動が変わろうとしているのだ。歴史というのは面白いもので、大きな変化の前には、必ずといっていいぐらい象徴的なすんごいことが起こる。私たちは10年後、20年後、この一連の騒動(そうどう)を懐かしく思い出すであろう。そして、
「あれが不倫の報道を変えるきっかけになった出来ごとだったなあ――」
と感慨にふけるに違いない。
なにしろ不倫された夫が、長々(ながなが)と記者会見をしたのである。そして不倫したシェフの方も、マスコミに出て独白(どくはく)したりしている。その合い間になぜか、広末さんのラブレターが出たりして、世の中に自筆(じひつ)の恋文のよさを啓蒙(けいもう)した。3人が3人いろんなことをしてくれるので、マスコミも一般人も、もうお腹いっぱいという感じ。
その直後に木原さんのことが起こったのである。そしてみんな、彼の不倫を黙認してしまった。
もう一回、確認します。
これからは奥さんも認めた、堂々とした不倫は後追いしないことにするんですね。
しつこいようだが、もう一度思い出そう。
不倫で消えてしまった人は、政治家以外にも何人もいる。
東出昌大(ひがしで まさひろ、1988年〈昭和63年〉2月1日 - )さんは、あれ以来テレビや映画で見る機会がめっきり減った。ベッキーちゃんだって、一時期は可哀想だった。
もうあんな罪人扱いのようなことはやめるんですね。不倫で社会的地位を失うまで叩くっていうことは自粛するんですね。
もしこれから文春以外のどこかの週刊誌が、不倫の記事を書いたら私は言いたい。
「木原さんは許したのに、どうして?」
そうだ、木原さんは世の中を変えてくれたのだ。
ところで私の男友達(おとこともだち)で、まるで呼吸をするように不倫するのがいる。先日一緒にご飯を食べた時、出産したばかりという若い女性を連れてきた。明らかに(あきらかに)愛人であった。
彼が子どもを有名私立小学校に通わせていた時、保護者のお母さんと懇ろ(ねんごろ)になった。このことは学校中の話題となり、時代を感じさせるが「〇〇小学校失楽園」と呼ばれていたそうである。
彼は会うたびに、
「週刊誌に書かれたらどうしよう」
と心配する。有名人でないから大丈夫、と言えないところが最近の怖いところであった。しかし奥さんも薄々(うすうす)知っているから、彼は充分“セーフ”に違いない。