夜ふけのなわとび 第1805回 林 真理子 2023/08/04
あげます
今年もお中元(ちゅうげん)に、いろいろなものをいただいた。
日本全国、おいしいものが届く……などと書くと、
「アンタ、自慢していてイヤな感じ」
と言われそうであるが、もらう人はあげる人でもある。こちらからもお中元を数多く贈っているし、ふるさと山梨の果樹園(かじゅえん)から、知り合いに発送する桃の箱はかなりの数にのぼる。
お礼状を書くのは大変だ。
昨年まで私は自筆でハガキに書いていたが今年からはやめた。もうとてもそんな時間がない。ものすごくお礼が遅れたり、ついには書くのをやめるよりはずっといいだろう。
かなり昔、有名な映画監督に本を送ったところ、ハガキが1枚届いた。そこには、
「このたびは( )(かっこ)をお送りいただき……」
と印刷されている、つまり( )の中に、品物(しなもの)を書くようになっているのだ。これならお礼状をもらわない方がよかったかもしれない。
ちなみに中年期に亡くなったこの監督は恋多き人で、私の知り合いの女優さんとおつき合いしていた。この女優さんから直接聞いた話であるが、朝ホテルの部屋にこの監督さんといると、女性マネージャーさんがノックする。
「監督、そろそろ新幹線のお時間です」
後年この女性マネージャーが奥さんと聞いて、彼女は驚き怒った。
私はここであのハガキを思い出す。
「このたびは( )をお送りいただき……」
彼にとって所詮女性というのは、カッコの中をその都度書き替えていけばいい存在だったのかもしれない。
ところで今年のお中元に関してちょっとショックなことがあった。大阪の焼肉屋さんから、10年以上焼き豚を送ってもらっていたのだが、今回が最後になるという。
「外注していたところの釜が壊れて、もう二度とつくれなくなりました。もうお渡し出来ないと思うと残念です」
と手紙が入っていた。
ここの焼き豚のおいしさときたら、おそらく日本一ではないかと思う。脂がちょうどいい感じにのっている。タレも甘すぎず美味(びみ)である。そのまま切って食べてもおいしいが、細かく切ってチャーハンに入れると、脂が溶けてとてもいい感じにご飯つぶがコーティングされる。ラーメンの上にのっけてチャーシュー麺(叉焼麺)にするのも最高だった。もうあの焼き豚が二度と食べられないかと思うと、残念でたまらない。
ここだけは直筆でお礼を書いた。
「おたくの焼き豚が食べられなくなったというのは、人生の大きな部分を失ってしまったような気分です」
本当に悲しい。
一生後ろめたい(うしろめたい、feel guilty)
さて、私の極めて数少ない美質のひとつに、もの離れがいい、ということがある。ちょっと惜しいかなーと思っても人にあげることが多い。
何か貴重なものをもらったら、私よりもはるかに喜ぶ人にあげる、ということをモットーにしているのだ。
何年か前、有名な野球選手におめにかかり、サイン入りのバットをいただいた。私は考えた結果、少年野球の幹部をやっている知り合いにあげた。
「子どもたちに見せてあげてください」
さる大御所(おおごしょ)の脚本家が亡くなった後、塗りの立派なお椀(おわん)のセットが届けられた。晩年親しくさせていただいていたことを、秘書の人が憶えていたのだろう。これは友人の脚本家に。遠慮する相手に言った。
「私が持っていてもタダのお椀だよ。どうか大切に使って」
その人は正月に知り合いの若い脚本家を集め、皆で雑煮を食したそうである。
私のおせっかいは知り合いだけにとどまらない。ある時、女性雑誌でアイドルの女性と対談することになった。会場のホテルに向かう車の中で、女性編集者たちとわいわい話していた。
「彼女って可愛いよねー」
「確かさ、デビューする前にカフェのウェイトレスしてて、そこでスカウトされたんだよね」
すると運転手さんが、すごい勢いで振り向いた。
「違います! 僕たちファンが力を合わせて、彼女がメンバーになれるように頑張ったんですよね」
それから、
「お客さんたち、これから本当に〇〇ちゃんに会うんですか。あの、終わるまでホテルの前で待ってていいですか。少しでも話を聞きたいんです」
私たちは顔を見合わせた。編集者2人はイヤな顔をしている。私は言った。
「運転手さん、そこまでしなくてもいいですよ。ここに資料として彼女のパンフ持ってます。あなたの車に乗り合わせたのも何かの縁だから、この表紙にサインしてもらってあげる。これをフロントに預けておくから後でとりにきてください」
彼が喜んだのは言うまでもない。
私の姪はいわゆる「もらい上手」で、私がかなり前にあげた洋服やバッグを、会う時に必ず身につけてくる。そのたびに私は、かつてはこれほど痩せていたのかと驚くのだ。
ところで今、私がとても悩んでいることがある。かつて人からもらったものを、高級品買い取り店にもっていくかどうか、ということだ。
最近ブランドもののバッグや小物が、ものすごい値をつけている。20年前にもらって一度も使っていない、お財布やバッグは、
「きっとくれた人も憶えてないよねー」
と秘書に言ったところ、
「ハヤシさん、ひとつでもそんなことをしたら、その人の前に立った時、一生後ろめたい気持ちになりますよ。絶対にやめた方がいいですよ」
そうか、売るのとあげるのとでは、天と地ほどの差がある。私はもう二度と、気前がいいのワタシ、と自慢出来なくなるだろう。
天知る、地知る、我知る、人知る(てんしる、ちしる、われしる、ひとしる)、高級品売却。やっぱりやめとくか。