夜ふけのなわとび 第1807回 林 真理子 2023/08/24
有名人
羽生結弦(はにゅう ゆづる)さんがご結婚されたそうである。
本当におめでたいことだ。
しかし私はわからない。いったいどんなところでデイトしていたのであろうか。
羽生さんほどの有名人が、どこかで2人きりで食事をしたりしてまわりに気づかれないはずはない。個室を使うにしても、それは海外なのではないか。
謎は深まる。
週刊誌報道によると、最近の傾向として、売れている芸能人は同じマンションの別の部屋に住むことが多いと。こういうところだとセキュリティがしっかりしていて、車の出入りも撮られないそうだ。
私の友人の某有名人は、都内の豪華マンションに住んでいる。そこは大通りに門番みたいな人がいて車を通してくれる。長いエントランスを通り地下の車寄せに。なるほどここなら、タクシーから乗り降りする姿を全く見られないわけだ。
もっともこの部屋の帰り、コンシェルジュに車を頼んだところ、乗り込むやいなや、タクシーの運転手さんが、
「お客さん、知ってる? このマンション〇〇〇〇(友人の名)が住んでいるんだよ」
「そうなんですか……」
「このあいだなんて、俳優の△△△△と歌手の××××を乗せたんだよー。きっとさー〇〇〇〇のとこ、行ってたんじゃないのおー」
こういうところから秘密は漏れていくのだとつくづく思った。
そして心配になるのは、大谷翔平選手のことだ。今や日本人の心の星、希望の象徴である。
この方がどんな女性と結婚するか、というのは、今や国民的関心ごとだ。もはや、お妃(おきさき)が決まる前の王子さまのよう。
しかし若い女性で、
「大谷翔平と結婚したい」
という人に会ったことがない。あまりにも大それた 【だいそれた; おおそれた outrageous】夢で、人に言えば笑われることはわかっている。
「願わくは、在り来り(ありきたり)に女子アナとしませんように」
と祈ることが精々(せいぜい)。
そこへいくと、中高年のおばさんたちは私を含めて、すごく図々しくなっている。娘を持っている人は、寄るとさわると、
「娘のおムコさんになってくれないかしら」
シンデレラの義母(ぎぼ)みたい。結婚して子どもまでいる娘にも、
「なんなら別れて、大谷選手と一緒になりなさいって言ってるの」
と支離滅裂なことを言っている。
しかしそれにしても、今、大谷選手ぐらいデイトするのがむずかしい人がいるだろうか。日本のみならず、アメリカでも超有名人なのだ。しかもあの体格である。レストランでも公園でもすごく目立つに違いない。
ミエを張る 見栄を張る; 見栄をはる; 見えを張る; 見えをはる 【みえをはる】 (exp,v5r) to be pretentious; to put on airs; to show off
かなり以前のことであるが、私はある有名タレントさんと何人かで地方に行ったことがある。プライベートでだ。
地方のお祭りに出かけるためである。
私は祈るような気持ちになった。
「どうか、目立たない(めだたない)格好で来てくれますように」
彼女は素晴らしいプロポーションで、脚がやたら長い。本当に小さな顔に大きな目。まあ田舎ではちょっと見ることのないほどの美人さん。地味なお洋服を着ても人目をひいただろうに、その日の彼女のファッションは超ミニに、幅広(はばびろ)の大きな帽子だ。
「あちゃー!」
こうなったからには、私がマネージャーとなって守らなくてはいけないと決意。彼女にぴったりとついた。
が、祭りの屋台の前は大騒ぎとなった。私は有名芸能人を見て、人はこれほど卑しくなるのかと驚いた。それまでよろよろと歩いていたお爺さんが、パーッと駆け出し彼女に触わろうとする。
「やめてください!」
と遮ったら(さえぎったら)、どけ、とはたかれた。
老いも若きも、ガラケーを持って、突進してくるのである。
「みなさん、下がって、どいてください!」
私は必死であったが、肝心の本人は、わりとふつうに、むしろ楽しそうに歩いている。なんかすごいなーと思ったものだ。
ところで、先日中国人の日本への団体旅行が解禁になった。本当に大丈夫だろうかと、心配するのは私だけではないだろう。
今だって、街や空港は外国人観光客で溢れている。羽田空港国際線のタクシー乗り場は長い列が出来て、このあいだは乗るのに1時間半かかった。国内線の方には行っても、国際線の方にはなかなか車が来ない。
それはスーツケースのせいだと思っている。特に欧米人のスーツケースの大きさときたら尋常ではない。お棺(おひつぎ)ぐらいのものを平気でひきずっている。
それを運転手さんは、イヤイヤながらトランクにのせている。どうしてあそこに、屈強な若い男性をひとりふたり立たせないか不思議でたまらない。男性が無理ならチップ制の導入であろうか。
昔、日本には「お心付け」とか「ご祝儀」の習慣があった。ゆきとどいた人は、いつも小さなポチ袋を持ち歩いている。今でもお店の従業員や運転手にそっと渡す人は結構いる。
欧米にはチップの習慣があるはずであるが、彼らは来日するにあたり、こう教わってきたに違いない。
「日本ではチップはいらない。ホント」
もし彼らが本国と同じようにしていたら、タクシーの運転手さんも積極的に外に出て、トランクに運び入れるであろう。
ごくまれであるが、私も運転手さんに声をかけられる時がある。
「ハヤシマリコさんじゃない? 声でわかったよ」
そういう時はSuicaを使わず、現金で多めに払う。ついミエを張ってしまう。
中国の団体の方々も、日本の運転手にミエを張ってほしいものだ。お金持ちなんだもの。