夜ふけのなわとび 第1822回 林 真理子 2023/12/15

〇〇〇〇菌の朝

 先週は私の記事が載り、お騒がせいたしました。

 さすが、

「親しき仲にもスキャンダル」

 がモットーの週刊文春らしく、コワい私の顔のアップもばっちり。事実と違っていることはいくつもあるけれど、係争中(けいそうちゅう)の身の上ゆえ、何も言えない。

 しかし私が人を陥れたり(おとしいれたり)、悪だくみをするような人間ではないことは、はっきり言える。

 私にとって口惜しい(くちおしい)のは、

「あなたは週刊文春だとか週刊新潮と親しいんだから、記事を抑えられるでしょう」

 などと、人からさんざん言われること。

 私はこの件に関して、文藝春秋の社長(かつて私の担当者であった)や編集長、現在の担当者に連絡したことは一度もない。例外は先週かかってきた、

「ちょっと話を聞かせて」

 という電話だけ。もちろんノーと答えたが、これは編集者として、作家としてのプライドによるもの。あたり前のことだ。

 そういえば担当者から言われたことがある。

「ハヤシさんは連載に、日大の“ニ”の字も書かなくて本当にすごい」

 そう、毎朝うちの前をマスコミが囲んでいた時も、ありもしないことでネットで叩かれても、努力して“ニ”の字を書かなかった。面白く楽しいことだけを書いてきたつもり。

 それなのに、ついに書いてしまったではないか。ああ、口惜しい。これもそっちが書いたせいだ。私のせいではない。

 いやいや、もう切り替えて、楽しいことを考えましょう。

 つい先日のこと、国立競技場に出かけた。川淵三郎キャプテンの、文化勲章受章をお祝いするセレモニーがとりおこなわれたのである。夫人と一緒に入場するキャプテン。最後に、

「皆さまの前で、妻にお礼を言いたいのでお許しいただけないでしょうか」

 大拍手(だいはくしゅ)。キャプテンは泣きながら夫人をハグした。そしてこうおっしゃった。

「私の願いです。どうか私より一日でもç長生きしてください」

 私は感動のあまり、目頭が熱くなってきた。なんて素晴らしいご夫妻なんだろう。お二人に時折、おめにかかる機会があるが、夫人は美しくたおやかで、雰囲気が八千草薫さんにそっくり。たぶんお若い時、大恋愛で結ばれたであろうお二人は、今でもとても仲がいい。お年をとられた夫婦が、ここまで愛し合っているのって、なんて素敵なんだろうかと、私は自分のことをおおいに反省したのである。

 さだまさしさんの歌にもある。そう「関白宣言」。

「俺より早く逝ってはいけない」

 俺が死ぬ時は、

「お前のお陰でいい人生だったと 俺が言うから必ず言うから」

 夫婦はこうありたいものである。

 つい最近、小池真理子さんの『月夜の森の梟』の解説文を書かせていただく機会があった。あの大きな反響があったエッセイが、今度文庫になるのである。小池さんが、亡くなった夫、藤田宜永さんのことを綴ったものだ。

 単行本の帯にはこうある。藤田さんがつぶやいたのだ、

「年をとったおまえを見たかった。見られないとわかると残念だな」

 これはなんとすごい愛の言葉だろうかと私は書いた。目の前の妻は、未だに若く美しい。しかしこの先、老いていくだろう。その人生を共に歩めないことは、夫にはつらく悲しいのである。

 この時の藤田さんの心境を思うと、また泣けてくる私である。

 とにかく夫婦は、仲よく健康で長生きしなくてはならないのだ。

夫には……

 私はこの頃会う人ごとに聞かれる。

「体は大丈夫なの?」

 私は答える。

「毎日、ぐっすり7時間寝てる。夜、枕に頭をつけると3分以内に眠れるの」

 前にもお話ししたかと思うが、バレエ・ヨガの仲間から〇〇〇〇菌の種をもらった。この名前を言ってもいいのであるが、ネットで賛否両論、ものすごくいい、という人と、タダの雑菌(ざっきん)、という人がいるから伏せる。昔、大流行した紅茶キノコを思い出してくださるといいかもしれない。

 これをリンゴジュースに混ぜて1日置くと、やがて泡がもこもこ出てくる。夏だと半日ぐらいで発酵する。これを眠る前に、コップ1杯飲む。そして朝はヤクルト1000。このヤクルトは今、入手困難であるが、日大本部では毎金曜日、ヤクルトレディが来てくれるので必ず買っておくのである。そして10年来、愛飲している朝鮮ニンジンのジュース。搾りたての生ジュースが毎月、冷蔵で送られてくる。

 これは毎年、結構な額を一括して払い込む。なぜなら、私専用の畑をつくってもらうゆえに、途中で「やーめた」とされると困るかららしい。夫の分と2人分なので、かなりの出費である。

 が、やはり夫には長生きしてもらいたいので、これはケチらない。

 これとは別に、いつもうちの台所には、発酵中の〇〇〇〇菌の瓶が置かれていて、ちょっと不気味だ。が、口うるさい夫が、これについては何も言わない。私が毎晩ぐっすりと眠っていることを知っているからだ。トイレにも起きたことがない。

 私は毎朝目覚ましの音で起きる。夫はまだ眠っている。エイヤッと起きて階下に行く。エアコンを入れ、コーヒーメーカーをセットし、あの朝鮮ニンジンジュースを、2つのコップに注ぐ。テレビをつける。テレビはNHKのみ。

 テーブルには3紙の新聞が置かれている。

 毎朝のようにいろんなテレビ局が、私の出勤風景を撮りに来ていた。そのため、朝、6時半頃、夫はいったん起きて新聞を取りにいってくれているのである。〇〇〇〇菌とこの新聞が、私に平穏な朝を届けてくれるのだ。いい話ではないだろうか。