夜ふけのなわとび 第1794回 林 真理子 2023/05/19
故郷の作文
連休は故郷山梨の温泉へ。
最近、私の実家の近くに、ものすごくいい旅館が出来たというのだ。
「ふつうの田舎に、あんないい宿が出来たなんてびっくり。あまりよかったので、さらに2泊してきた」
と温泉通(おんせんつう)の友人が言う。
ネットで調べてみると、確かに今流行のおしゃれな宿が出来ている。これといって何もない、桃畑が続くところに、だ。さっそく予約しようとしたところ、休日はすべてふさがっていた。それならばと、平日の5月1日と2日を調べたところ、1日だけ予約することが出来た。せっかくなので、近くの石和温泉(いさわおんせん)にも1泊することにした。
姪(めい)を誘うと大喜び(だいよろこび)。
「ゴールデンウイーク、仕事があって何にも予定してなかった。嬉しい」
先日の箱根も一緒に行った姪。外資系のIT企業の広報をしている彼女とは、とにかく気が合う。お芝居や歌舞伎を見に連れていくと、
「伯母(おば)ちゃん、本当に面白いよ」
とどんどん吸収していくさまが嬉しい。
『若草物語((わかくさものがたり、英: Little Women、直訳: 小さな婦人たち))』とか『赤毛のアン(あかげのアン、原題: Anne of Green Gables)』にも、お金持ちのおばさんは出てくる。そして姪を可愛がり、学資の援助をしたりする。
私のまわりでも、子どもがいようといまいと、姪や甥を可愛がってとても仲よくしている人は多い。ワンクッションおいた関係は、とてもうまくいくようだ。
地元の駅に着いて、まずはお墓まいり。私の両親は彼女にとって祖父母(そふぼ)にあたる。2人揃って手を合わせる。こういうところも身内で行く旅のいいところだ。
その後は歩いて従姉(じゅうし)のうちへ。私よりひとまわり上の従姉は、最近骨折(こっせつ)して退院したばかりだ。
居間に行って驚いた。かなりの量の本が置かれていたのだ。みんな私が送ってあげたものだから、驚くことはないのであるが、こんなにちゃんと読んでいたとは……。
「いらない本があったら頂戴ね。いくらでも頂戴」
というので、せっせとダンボールで送っていた。が、これほど熱心に読んでくれていたとは想像外(そうぞうがい)であった。
ちょうどそこに東京から親戚のコがやってきた。彼女も姪も本が大好き。2人とも本棚の前に釘づけ(くぎづけ)だ。
「これ欲しい。持っていっていい?」
品定めしている。読書好きなのはわが一族の特徴だ。
やがて別の従姉も登場。私が帰ってきているらしいと知って、甲府から車でやってきたのだ。
「見て。うちにこんなものがあったよ」
黄ばんだ(きいろばんだ)ものすごく古い原稿用紙。「まり子ちゃん」とある。
「8歳の私が67年前に書いた作文だよ」
そこには幼い私の姿が描かれている。
「朝まり子ちゃんが私のことをおくっていってくれます。そこで『いってきます』とゆうと、『あんあん』となくまねをします。学校にいってもまり子ちゃんのことばかりかんがえています。おそうじをしていてもまり子ちゃんのことばかりかんがえていて『早く帰りたいな』と思います」
という感動的な書き出し。
これを読んでわかったのは、どうやら赤ん坊の私は、隣家の従姉たちと一緒に暮らしていたらしいということ。
「ごはんは私よりたべます。ごはんをたべるとすぐ私といっしょにねます。6じごろねてもう7じごろすぐおきてないています。じぶんの家へ帰るのがいやでないていました。私は家ではまり子ちゃんが一ばんすきです。どこへいってもおみやげをかってきてやります。よるねていてもあしたまたなくかしらとかんがえています」
私の生まれた日
従姉たちとは、昔から本当に仲よくしていたのであるが、ここまで愛情を注いでくれていたとは。
「ところで」
と私は言った。
「こんなに私のこと可愛がってくれているのに、どうして私の誕生日、憶えていないの」
私の生まれた日は4月1日となっているが、それはきりがいいからという理由で、役所に届け出たものらしい。本当はもう少し早く生まれていたというのだ。
「いったい、私はいつ生まれたの」
と母に何度か聞いたところ、
「そんな昔のことは憶えていない」
という返事。ついには、
「そんなどうでもいいこと」
と言われた。が、占い好き(うらないすき)の私としては重要問題なのだ。
「いったい、私は、何月何日に生まれたの?」
従姉たちは顔を見合わせた。
「そう言われても……」
「その日に大きな事件があったとか、季節はずれの雪が降ったとか、何かないの」
つい詰問調(きつもんちょう)になる。
「3月31日かも」
「そうだよ、私、おばちゃん(私の母のこと)から聞いた憶えがある」
「じゃ、私は3月31日生まれなんだね」
2人は頷いた。
これからは占いで、3月31日というのを見ることにする。
やがて夕暮れ近くなり、私たちは従姉の娘の車で旅館へ向かう。人工湖(じんこうこ)の近く、笛吹川(ふえふきがわ)のほとりにその旅館はあった。
さっそく浴衣(ゆかた)に着替えて、食事までひと眠り。いつのまにかヨダレをたらしていた。
夫にもこんな姿を見せたくない。しかし姪ならへっちゃら。血が繋がっているというのは、なんて気楽で温かいものだろうとしみじみ。姪はいつか書いてくれるかな。
「私の伯母ちゃん」
気前がよくて、大食漢(たいしょくかん)の伯母ちゃんのこと憶えててね。そうしてまたいつのまにかうとうと……。故郷っていいなあ。