池上彰のそこからですか!? 第567回 2023/04/14
フィンランド、NATO加盟
これはもう、ロシアのプーチン大統領の「オウンゴール(own goal)」としか言いようがないですね。ウクライナがNATOに加盟するのを阻止(そし)しようと軍事侵攻したら、 ロシアと国境を接するフィンランドが脅えて(おびえて)新たにNATOに加盟してしまったのですから。NATO東進を阻止しようとしたら、促進してしまったのです。
NATOとは、「北大西洋条約機構(きたたいせいようじょうやくきこう)」のこと。そもそもは東西冷戦(とうざいれいせん)時代、ソ連や東欧諸国の軍事力に脅威を感じた西欧諸国が、自分たちの軍事力では守れないと考え、アメリカやイギリス、カナダを引き込んで結成した集団安全保障体制です。
集団安全保障とは、仲間の国が侵略を受けたら、自国が攻撃されたのと同じと受け止め(うけとめ)、共同で仲間を守る仕組み(しくみ)です。北大西洋条約第五条には、「締約国への武力攻撃を全締約国への攻撃とみなす」と明記しています。
東西冷戦時代は、NATO結成に対して、ソ連と東欧諸国も「ワルシャワ条約機構」を組織して対抗しました。ワルシャワはポーランドの首都。この名前があるのはワルシャワで条約が調印されたからで、本部はモスクワにあり、東欧諸国はソ連の言うがままでした。1968年に当時のチェコスロバキア(現在はチェコとスロバキアに分離)で民主化運動が起きると、ワルシャワ条約機構軍の戦車が首都プラハに攻め込んで制圧したことがあります。
つまり、ワルシャワ条約機構は、建前では「東欧諸国を守る」ということでしたが、実際はソ連から離れようとすれば軍事力で阻止するという恐ろしい仕組みだったのです。
このため、東西冷戦が終わるとワルシャワ条約機構も解体され、ソ連は崩壊。それまでの加盟国は雪崩(なだれ)を打って、本来は敵対していたはずのNATOに加盟したのです。
一方のNATOは、東西冷戦が終わっても解体せず、ヨーロッパ全体の安全に責任を持つ組織となりました。これが、プーチン大統領には腹立たしい(はらだたし・い)のです。
NATOは、1995年に旧ユーゴスラビア内戦に軍事介入し、セルビアを空爆したことがあります。当時、旧ユーゴスラビアからボスニア・ヘルツェゴビナが独立宣言したため、ユーゴスラビアを支えていたセルビアが反発。独立を阻止するためボスニア内のセルビア人武装勢力を支援し、大勢の犠牲者が出ていました。NATOはセルビアを攻撃して支援を止めさせたのです。これによりボスニアは独立を果たしました。
セルビアは、ロシアと同じスラブ民族で宗教も同じ東方正教(セルビア正教)。ロシア語と同じキリル文字を使うなど、ロシアの兄弟国のような存在です。それほど親しい国がNATOの軍事攻撃によって屈服(くっぷく)させられた。これがプーチン大統領にとって衝撃で、「いつNATOが攻撃してくるかも知れない」と恐怖心を抱くようになりました。そしてウクライナまでがNATOに加盟しようとするのは許せない。これが軍事侵攻につながりました。
ソ連の侵略を受けたフィンランド
東西冷戦時代、西欧諸国はソ連や東欧の脅威を感じてNATOに加盟していたのに、なぜフィンランドは加盟していなかったのか。そこにはフィンランドなりの苦渋(くじゅう)があったのです。
もともとフィンランドはロシア帝国の一部だった歴史があります。1917年のロシア革命の際に独立を果たしましたが、その後、ソ連と2度に渡って戦争をしています。第二次世界大戦中、ドイツの侵略を恐れたソ連は、自国を守るためフィンランド領の一部をソ連に渡すように求めます。フィンランドがこれを拒否すると、ソ連は「フィンランドが攻撃してきた」と言ってフィンランドに攻め込んできたのです。ソ連お得意の「偽旗作戦(にせはたさくせん)」。自分たちが侵略するための大義名分をでっち上げたのです。
フィンランドは、これにより国土の一部を奪われます。その後ドイツがソ連に攻め込んだ機に乗じてソ連を攻撃。奪われた領土をいったんは取り戻したのですが、結局再びソ連に取られてしまいました。
そこで戦後のフィンランドは、ソ連に脅威を与えないような外交政策を取るようになりました。それが、「NATOには加盟しない中立の立場を守るから、ソ連もフィンランドを尊重しろ」というものでした。ソ連が崩壊してロシアになっても、この路線を守り続けてきました。フィンランドはロシアとの間に約1300キロも国境を接するからです。
しかし今回、ウクライナがNATOに入ろうとしたらロシアの侵略を受けました。ウクライナはNATOに未加入なので、NATOからの支援は限定的です。これは、将来のフィンランドの姿かも知れない。こう考えたフィンランドはNATO加盟を決断したというわけです。
実は今回、スウェーデンもNATO加盟を求めましたが、果たせませんでした。というのもNATO加盟には加盟国すべての承認が必要ですが、加盟国のトルコが首を縦に振らなかったからです。
トルコ国内では「自分たちの国家を作りたい」と考えるクルド人の運動があり、トルコ政府は、これを弾圧。トルコの弾圧から逃げてスウェーデンに難民として入ってきた人たちがいます。これをトルコ政府は「彼らはテロリストだから引き渡せ」と主張していますが、スウェーデン政府は人道的な立場から、拒否。トルコは、「だったら加盟を認めてやらない」という態度なのです。
でもスウェーデンは加盟が認められなくても、ロシアとの間にはフィンランドが存在しているので、フィンランドのNATO加盟はスウェーデンの安全にも寄与します。
ただし、フィンランドがNATOに入ったことにロシアは激怒。「対抗措置を取る」と脅しています。今後は、米軍など他国の軍を駐留させるかどうかという点で、ロシアへの配慮が引き続き議論されそうです。