第568回 |池上彰 2023/04/21
話題の「ChatGPT」とは?
このところ急に話題になることが多くなった「ChatGPT」。「チャットジーピーティー」と読みます。東京大学の入学式で学長が触れたり、開発元のCEOが訪日(ほうにち)して岸田首相と面会するなど、にわかに大変な話題です。東大の入学式では、どのように触れたのでしょうか。
〈藤井輝夫(ふじい てるお)学長は式辞で、対話型AI「チャットGPT」について言及。米ノースイースタン(Northeastern)大学長の書籍を引用し、「人工知能(AI)やロボット技術の進化した時代の大学教育では、創造性を育む基盤(はぐくむきばん)として経験学習が重要である」と述べた〉(読売新聞電子版4月12日配信)
さて、ここで言う「経験学習」とは何でしょうか。ほかの新聞も見ましょう。同日の毎日新聞電子版です。
〈新入生約3100人に向け、藤井輝夫学長が式辞を述べた。対話型AI「チャットGPT」について、米ノースイースタン大学長の書籍を引用し、「人工知能(AI)やロボット技術の進化した時代の大学教育では、創造性を育む基盤として経験学習が重要である」と述べた〉
ありゃ、どちらの新聞にもこう書いてあります。そこで東京大学のホームページを見たら、たしかに藤井学長はこう述べていました。これって、ChatGPTを評価しているのか、それとも否定しているのか、わかりにくいですね。まあ、会場にいたのは東大生ばかりですから、この言い方でも理解したのでしょう。
しかし、毎日新聞の記者は、これでは読者がわからないのではないかと心配したのでしょうね。以下のような補足(ほそく)の文章を載せています。
〈東大は3日、チャットGPTなど生成系(せいせいけい)AIについて、学生や教員の向き合い方についての見解を公表。回答に不正確な部分が含まれる可能性を指摘しつつも、技術発展に対し、傍観(ぼうかん)や拒絶ではなく積極的な態度を取ることを呼び掛けている〉
いきなり「生成系AI」なる新語が登場するので戸惑うばかりですが、要は「頭から否定するのではなく、しっかり向き合いなさい」と言ったということなのでしょう。でも、「経験学習」ということは、机に向かってばかりの勉強でなく、外に出てさまざまな経験を積むことも大切だ、と言ったのでしょうか。
いきなりここで引っかかっていては先に進めません。あなたも「ChatGPTって何?」と聞かれることが多くなったのではないでしょうか。そこで知ったかぶり(pretending to know)ができる程度に解説しておきましょう。
ちなみにChatGPTは、いかにも自信満々に間違った答えを出すことがあるので、要注意です。何を聞かれても自信満々に知ったかぶりをする人って、いますよね。私もそうならないように気を付けてはいるのですが、ChatGPTには、そんなところがあるのです。
では、まずはこの名前の意味から。「Chat」(チャット)とは、インターネットでリアルタイムに会話することです。ネットで会話をするということですね。では、GPTとは何の略語なのか。
自分で学習して生成する
Gは「Generative」の頭文字で、日本語では「生成的な」、Pは「Pre-trained」(事前学習済みの)、Tは「Transformer」で、これは、この仕組みが学習するモデルを指します。
というわけで、GPTをまとめて言えば、「事前学習して自分で新たな文章を生成するモデル」ということです。これで、先ほどの毎日新聞の記事の「生成系AI」の意味がわかりますね。「AI」は人工知能ですから、「自分で文章を作り出す系統の人工知能」というわけです。
実は「生成系AI」は、「ChatGPT」だけではないのです。そこで、固有名詞(こゆうめいし)ではなく一般名詞(いっぱんめいし)にしているというわけです。「宅急便」はヤマトホールディングスの登録商標なので、一般的には「宅配便」と呼ぶようなものなのですね。
「生成系AI」は、どれもインターネット上にある大量の情報を収集して記録し、それを自然な形の文章などにして回答するというわけです。
回答するタイプであれば、iPhoneに音声入力するAIアシスタントのSiriなどがありますが、あれは「こういう質問があったら、こう答えるように」とあらかじめパターンが決められています。これに対してChatGPTは、膨大な(ぼうだいな)学習内容の中から回答にふさわしい内容をピックアップして自然な文章を作り出す優れものなのです。
でも、あまりに優れているので、教育現場は戦々恐々(せんせんきょうきょう)です。たとえば「ロシアはなぜウクライナに軍事侵攻したのか」という質問をすると、見事に答えてしまうのです。でも、もし学生のレポートが、ChatGPTを使って書いたものだったら、どんな成績をつければいいのか。
ひょっとすると、この回答は専門家の小泉悠(こいずみ ゆう)さんがどこかで書いたりしゃべったりした内容を引っ張ってきたものかも知れません。それだと著作権の侵害になりかねません。
その一方で、大臣の国会答弁の下書きにはよさそうだという話も出ています。国会では、質問をする議員が前日の夜に質問内容を官庁に届け、担当者が徹夜で大臣の回答を書き上げます。でも、ChatGPTに下書きさせれば、過去の答弁のデータを集めて、短時間で文章をまとめることが可能になります。
でも、そんなことをしていたら、「そもそも大臣いらないでしょ」ということになりかねませんね。
そもそも文章とは、全くの白紙に文字を書き連ねる(かきつらねる)作業です。これについて、京都大学の入学式では湊長博(みなと ながひろ)学長が、こう挨拶しています。
〈しっかりとした文章を書くということは、非常にエネルギーを要する仕事ですが、それは皆さんの精神力と思考力を鍛えて(きたえて)くれます〉
私も毎週こうして解説を書いていることが、果たして「精神力と思考力を鍛え」るものになっているかどうか疑わしいですが、ChatGPTに頼らない方がいいことだけは確かなようです。