池上彰のそこからですか!? 第573回 2023/06/09
北朝鮮の「人工衛星」とは
北朝鮮が5月31日に打ち上げた「人工衛星」は、使用したロケットの1段目が分離した後、2段目のエンジンに異常が発生して朝鮮半島西方の黄海(こうかい)に落下し、失敗に終わりました。
これまで北朝鮮は勝手にミサイル発射実験を繰り返してきたのに、なぜ今回は事前に日本に通告してきたのか。北朝鮮が主張する「人工衛星」とはどんなものなのか。いろいろ疑問を持った人が多いらしく、私の周辺からも質問を受けますので、今回は、この問題を基礎から解説しましょう。
今回の打ち上げで事前に日本に予告してきたロケットの飛行コースは、北朝鮮北西部の衛星発射場で打ち上げられて黄海の上空を飛行し、沖縄と台湾の間の東シナ海を通ってフィリピンの東方沖に達するというものです。
このロケットは3段式。燃料を消費するたびにエンジンを切り離すタイプです。そこで黄海で2か所、フィリピン東方沖で1か所、それぞれロケットエンジンが落下する想定になっていました。
このコースは、北朝鮮の西部から南に向けて発射するので、韓国の上空を避けています。また、中国大陸の上も避けながら、沖縄や台湾の上空も飛行しないようなルートになっていました。
これを見る限り、北朝鮮としては、それなりに近隣に迷惑がかからないコースを選択したように思えます。
実は先月25日、韓国が、ほぼ同じコースで人工衛星の打ち上げに成功しているのです。近隣に迷惑がかからないようにするには、このコースしかないのですね。
このとき使われたロケットは「ヌリ」(世界)と名付けられ、すべて国産の技術で作られたと発表されています。これは日本ではあまりニュースになりませんでしたが、韓国では大ニュースでした。
〈韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は25日、韓国が独自開発した国産ロケット「ヌリ」の3回目の打ち上げが成功したことを受け、独自技術の衛星を独自技術のロケットに搭載し打ち上げて軌道投入に成功した国は米国、フランス、日本、ロシア、中国、インドしかなかったが、韓国が7番目になったとし、「韓国の宇宙強国G7入りを宣言する快挙だ」とたたえた。(中略)「全世界で韓国の宇宙科学技術と先端産業に対する見方が大きく変わるだろう」との見解を示した〉(聯合ニュース日本版5月25日配信より)
なんと大絶賛ですね。日本でほとんどニュースにならなかったので、「韓国の宇宙科学技術と先端産業に対する見方が大きく変わる」ことになるかどうかはわかりませんが。
日本にしてみると、韓国は敵対国家ではないので、ロケットの打ち上げに文句は言わないが、北朝鮮に対しては、ミサイルが日本に落ちてくるリスクに備えて、Jアラートを発信したり、迎撃(げいげき)する態勢をとったりしていたというわけです。
ミサイル発射は国連決議違反だが
それにしても、北朝鮮はなぜ事前(じぜん)に通告したのか。実は2016年にも北朝鮮は「人工衛星を打ち上げる」として、事前に予告しています。
北朝鮮としては、これがミサイル発射実験ではなく、人工衛星の発射であることをアピールするために、事前に周辺国に予告しなければならないという国際ルールを守ったつもりなのでしょう。
しかし、人工衛星の打ち上げに使われるロケットは、先端部分を爆弾に入れ替えればミサイルになります。北朝鮮のミサイル発射は、国連決議で禁止されています。
つまり今回の北朝鮮は、「国際ルールにもとづきながら国連決議に違反した」というわけなのです。
でも、これまでの北朝鮮のミサイル発射は事前通告なしだったではないかと疑問に思う人もいるでしょうね。北朝鮮にしてみれば、ミサイル発射実験(じっけん)は自国の防衛に関わる軍事の問題であり、いつ発射しようが勝手だろうという理屈なのです。
実は北朝鮮は1998年と2009年にも「人工衛星の打ち上げ」と称してミサイルを発射していますが、このときは東方(とうほう、ひがしかた)に向けて発射し、日本列島の上空を飛行しています。
しかし、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が2018年に会談して以降、北朝鮮は日本列島を飛び越えるようなミサイルはほとんど発射していません。ミサイルを上空高く打ち上げ、日本海に落下させています。米軍がこの高さを分析した結果、ミサイルを東に向けて撃てば、アメリカまで届く大陸間弾道弾(たいりくかんだんどうだん)だとしています。
つまり北朝鮮は、トランプ前大統領と「大陸間弾道弾をアメリカの方角に発射しない」という約束をしたように見えます。トランプ大統領を怒らせないように、アメリカの方角にはミサイルを撃たず、上空高く打ち上げることを繰り返しながら、ミサイル技術を高めてきたのです。
しかし、ミサイル技術を高めても、それだけでは不十分です。たとえ大陸間弾道弾を開発しても、動かないアメリカの首都に撃ち込むことはできますが、東シナ海や日本海で行動する米軍の空母(くうぼ)を攻撃するのは至難(しなん)の業。そこで、偵察衛星を打ち上げ、宇宙からアメリカを注視しようというわけです。
今回のミサイルの軌道は、成功していればではありますが、南北(なんぼく)に地球の周りを回るので、日本列島や韓国に展開する米軍の動きをリアルタイムでじっくり時間をかけて偵察できるというわけです。
ただし、偵察の精度は搭載したカメラの性能次第です。米軍の偵察衛星の分解能(地上にあるモノをどれくらいの大きさまで判別できるかの能力)は約15センチと見られていますが、北朝鮮は10メートルくらいだというのですから、勝負になりません。それでも北朝鮮は、米軍の動向を「宇宙からの眼」で見たいのです。人工衛星の発射は、まだ続きます。人民は飢えているのですが。
- 2023-05-31-北朝鮮の人工衛星