池上彰のそこからですか!? 第581回 2023/08/04

ハリウッドのストライキとは?

 アメリカの映画の都(我ながら(われながら)古い言い回しですね)ハリウッドで始まった俳優(はいゆう)たちのストライキが続いています。映画「ミッション:インポッシブル」の最新作の宣伝イベントのために来日するはずだったトム・クルーズの予定もキャンセルになりました。俳優のマット・デイモン(Matt Damon)もイギリスでの映画のイベントを途中で切り上げてアメリカに帰国しました。

 ストだからといって、なぜ有名俳優たちがイベントをキャンセルするんだろうと疑問に思った人もいることでしょう。実はトム・クルーズもマット・デイモンも組合員なので、組合の指示に従っただけなのです。

 日本的な感覚で言えば、名だたる映画俳優が組合員であるとか、ストに参加するとかいうこと自体が信じられないかも知れません。今回は、この点を解説しましょう。

 ストに入った組合の正式名称は「映画俳優組合-アメリカ・テレビ・ラジオ芸術家連盟(SAG-AFTRA)」。アメリカで制作されるほとんどの映画は、この組合の規定に基づいて作られています。制作会社は組合に登録し、許可されることで組合員である俳優を雇える(やとえる)ようになるからです。逆にいえば、俳優は組合に加入していないとそうした映画に出演できないのです。組合員は16万人にも上ります。

 とはいえ、そもそも俳優でなければ入れない組合ですから、初めての出演であれば、組合員でなくても出られます。オーディションに応募できるのです。

 ここで認められて映画の撮影に参加すると、組合加入も視野に入ってきます。組合に入ったからといって仕事が自動的に回ってくるわけではありませんが、自分たちの権利を守るための組織なのです。かくしてハリウッドの名だたる俳優たちも組合に入っているのです。

 かつては、のちにアメリカの大統領になるハリウッド俳優のロナルド・レーガンが組合の委員長だったこともあります。

 アメリカで映画に出演したことのある日本の俳優の話では、労働条件が厳密に守られているといいます。日本の映画の撮影ですと、早朝から深夜までという苛酷(かこく)なケースがしばしばありますが、アメリカでは認められません。日本の映画撮影での食事は、いわゆる「ロケ弁」。冷えた弁当を食べるのが普通ですが、アメリカではキッチンカーなどがやってきて温かい食事が供され(きょうされ)ます。これも組合があってこそなのです。

 もし労働条件に問題があったり、契約に違反するようなことがあったりすれば、組合に駆け込んで助けを求めることができます。

 今回のスト中は、演技や歌、ダンスはもちろんのこと、人形を操る人や声優も出演できませんし、予告編の撮影、作品の宣伝のイベント参加やインタビューに応じることもできません。だからトム・クルーズやマット・デイモンのイベント参加もキャンセルされたのです。

全米脚本家組合(くみあい)もストライキ

 今回は映画俳優の組合ばかりでなく、「全米脚本家組合(WGA)」も5月からストに入っています。俳優と脚本家が同時にストに入るのは、63年ぶりのことです。どちらもストに入ってまで要求していることは何か。簡単に言えば待遇改善とAIの利用制限(せいげん)です。

 待遇改善要求が出てきた要因は、Netflixなどの動画配信サービスの普及です。動画配信サービスが始まる前は、映画が公開された後の二次利用として、テレビで放送されたり、DVDになって販売されたりすると、売り上げに応じて脚本家や俳優にもお金が入ってきました。

 この仕組みは、過去のストで勝ち取った権利です。

 ところが動画配信の場合、二次利用に関するお金は支払われますが、再生回数にもとづくものではありません。というのも動画配信サービスの会社は、作品ごとにどれだけの視聴回数があったかを公表していないからです。結果、二次利用の支払いは動画配信サービスの会社の言いなりになってしまいます。

 また、動画配信サービス会社制作の映画に出演すると、会社は動画配信以外での二次利用を認めないため、それ以上の出演料が入ってこないのです。俳優組合や脚本家組合にしてみれば、過去にはストという実力行使によって権利を獲得することができたのだから、今度も有利な条件を引き出したいという思いがあるのです。

 もうひとつ重要な要求はAIの使用に関してです。脚本家組合は、AIに自分たちの脚本を学習させることに反対しています。AIに学習させて独自の脚本が作られるようになると、自分たちの仕事がなくなってしまうからです。これは「AIを使うな」という意味ではなく、使うなら、きちんとした規制を作るべきだという要求です。

 また、俳優組合としては、AIを使ってクローン(clone)俳優を作り出し、演技させるような無制限の使用に規制をかけるべきだと主張しています。

 というのも俳優の組合ではない経営者側の組織である「全米映画テレビ製作者協会(AMPTP)」は、エキストラの俳優をAIでスキャンしてレプリカを作り、レプリカに演技をさせればいいと言い出しているからです。もしこれが実現すれば、エキストラの仕事を失ってしまう俳優が大勢出てしまいます。

 一方で、経営者側も妥協しようとはしません。コロナ禍で劇場に足を運ぶ人が激減したり、動画配信サービスに客を取られたりして、経営状態が苦しいからです。経営者の中には、ストに反発し、「組合員が家を失うまで交渉を長引かせてやる」と言い切った幹部がいます。ストをして収入が絶たれたら、マイホームを売り払わなければならない者も出てくるだろう。ストをする連中に痛い思いをさせてやろうというのです。これには組合が激怒。結局スト解消の見通しが立たないまま秋を迎えることになりそうです。