池上彰のそこからですか!? 第594回 2023/11/23

イスラエルのキブツとは?

 パレスチナの武装組織ハマスがイスラエルを奇襲攻撃してから始まったイスラエル軍によるガザ攻撃。停戦の見通しもないまま現地からは悲惨な映像が届きます。今回の事件でハマスによる攻撃を受けた場所に海外のメディアが入ることをイスラエル軍が認めました。以下は現地を取材した新聞記者のレポートです。

〈(10月)20日、イスラエル軍が一部メディアにパレスチナ自治区ガザ地区との境界から東に約5キロのキブツ・ベエリを公開した。ガザのイスラム組織ハマスの急襲で、初めに犠牲になった集落の一つだ。人口の約1割にあたる100人以上が殺害され、また多くが人質として連れ去られた。(中略)イスラエル南部には、ベエリをはじめとした「キブツ」と呼ばれる集落が点在する。20世紀初頭以降、ユダヤ人が荒れ地を開拓して築き、発展させてきたコミュニティーだ。真っ先にハマスの標的になったのがこれらのキブツで、ベエリには数十人の戦闘員が銃を乱射しながら押し入った〉(朝日新聞電子版10月21日付)

 この記事を読んで「キブツ」とは何かと疑問に思った人もいることでしょう。その一方で、私やその上の世代にとって、「キブツ」とは懐かしい響きの言葉です。1960年代から70年代にかけて、キブツの理想に憧れて、イスラエルまで出かけていって住み込んだ日本の若者たちもいたからです。

 そもそもキブツとは何か。今回は、この特異な取り組みを紹介しましょう。キブツとは、端的に言えば、イスラエル国内で共産主義社会を構築(こうちく)しようとした取り組みなのです。イスラエルといえば、もちろんアメリカ寄りの資本主義国。それなのに、なぜ共産主義がここで出てくるのでしょうか。

 キブツとは、ヘブライ語で「集団」や「集合」を意味します。内容を日本語に翻訳すると、「集産主義的協同組合」あるいは「共産主義的協同組合」でしょうか。

 こうした取り組みは、かつてのソ連(ソビエト社会主義共和国連邦)の集団農場である「コルホーズ」や国営農場である「ソホーズ」、中国の「人民公社」などがありました。これらは、いわば上からの命令で建設されたもの。働いても働かなくても基本的に所得は平等でしたから、労働意欲はわかず、経済は低迷しました。

 しかしキブツは「理想のコミュニティーを建設しよう」と自発的に集まった人たちによって建設されましたから、発展したのです。いまもイスラエル経済で大きな役割を果たしています。

 キブツが生まれたのは、20世紀初頭。帝政ロシアでのユダヤ人迫害を逃れてパレスチナに移り住んだユダヤ人たちが、北部のガリラヤ湖近くに建設した村がキブツの始まりとされています。

 彼らは共産主義的な理想を持っていました。荒れ果てていたパレスチナの地に集団で住み着き、共同で土地を開拓・開墾し、土地も生産物も共有。全員が平等で、個人が財産を持つことはありませんでした。

子どもは集団生活

 子どもたちは集団で1つの家で育てられ、両親はそこに訪ねていくという生活スタイルを取りました。子どもは家庭が育てるのではなく、地域社会が育てるもの。まさに原始共産制とでも言うべきコミュニティーでした。

 イスラエルが国家として成立したのは1948年のことですが、それより以前から、ヨーロッパやロシアで差別や迫害(はくがい)を受けていたユダヤ人たちが、少しずつパレスチナに移り住み、国家の基盤を整備していったのです。最盛期には全国で270ものキブツが存在していました。

 キブツの規模はいろいろで、50人単位の小規模なものもあれば、2000人もが集う(つどう)コミュニティーもあります。

 こういう取り組みは、かつて日本でもありました。作家の武者小路実篤((むしゃのこうじ さねあつ)が提唱した「新しき村」です。宮崎県に建設された村は、農業を主とした自給自足(じきゅうじそく)に近い暮らしを集団で行うことで所得格差をなくし、過重労働に陥ることのない生活を目指しました。しかし、理想を貫くことは難しく、全国に展開することはありませんでした。

 また、「ヤマギシズム」という独特の思想を掲げて集団で農業を展開している組織もあります。

 一方、イスラエルの場合は、最初は農業が中心でしたが、次第に工業やサービス業にも取り組むようになり、建国されたばかりのイスラエルの経済を支えました。

 イスラエルは砂漠が広がり、農業には適さない(てきさない)土地と見られていましたが、キブツで働く人たちは、灌漑(かんがい)を工夫したりして農業の生産性を高め、現在では食料自給率は9割を超えています。

 ハマスに攻撃されたキブツのひとつであるベエリは、1950年に印刷会社を立ち上げて成功し、その収益で運営されていました。

 しかし、時代と共に理想は変質します。資本主義の思想はキブツにも流れ込みました。個人が金儲けをして私有財産を獲得することを容認するところも出てくるようになるのです。もはや共産主義的なコミュニティーではなくなり、普通の農村地帯の集落のような様相を呈します。これも時代の流れでしょうか。

 また、自分たちの仕事は自分たちで行うという厳格な仕事の倫理が薄れ、外部の労働者を雇う風潮も強まってきました。今回のハマスの攻撃で、キブツで働いていた大勢のタイ人が犠牲になりました。それだけ外部の労働者に頼っていたのです。

 それでも理想に燃えた人たちがいたからこそイスラエルは発展しました。自分たちの国家を自分たちで建設することができた。その自信は評価できますが、パレスチナにも自分たちの国家を建設したいと考えている人たちがいることを考慮してほしいと思うのです。