池上彰のそこからですか!? 第595回 2023/12/01

「フーシ派」とは何か|池上彰

 中東アラビア半島近くの紅海(こうかい)を航行中(こうこうちゅう)の日本郵船がチャーターした貨物船(かもつせん)が、イエメンの武装組織「フーシ派」によって乗っ取られる事件が起きました。フーシ派は、「イスラエルのガザ侵攻を止めなければならない」と主張しています。この船の所有会社の創業者はイスラエル人。フーシ派は、イスラエルに反対する立場から乗っ取りを決行したようです。

「フーシ派」とは不思議な名称ですね。組織の初期の指導者フーシの名前から、こう呼ばれています。組織の正式名称は「アンサール・アッラー」(神の支持者)です。イスラム教シーア派の武装組織で、今回の事件では、戦闘員がヘリコプターで貨物船の甲板(かんぱん)に降り立っている動画を自ら公開しています。正規軍並みの武器を所有しているのです。

 貨物船は自動車を運搬(うんぱん)し、トルコからスエズ運河を通って紅海に出て、インドに向かう途中でした。ここはアジアとヨーロッパを結ぶ要路(ようろ)。日本に向かう多数の船舶(せんぱく)も通過する場所です。この航路の東側の入り口付近に該当するソマリア沖のアデン湾では、海上自衛隊の護衛艦や対潜哨戒機(たいせんしょうかいき)が2009年から派遣されて海賊対策に従事しています。

 というのも、この付近ではソマリアの海賊が航行中の船舶を襲撃して乗っ取り、船員や積み荷を人質にして身代金(みのしろきん)を奪うという事件が頻発したからです。日本の自衛隊ばかりでなく各国の海軍がパトロールを続けた結果、海賊行為は激減しましたが、その海域よりスエズ運河寄りの奥で、この事件が起きました。

 となると、「自衛隊は何をしているのだ」という声が出るかも知れませんが、そもそも自衛隊は活動範囲を定めて派遣されていて、事件の起きた海域は対象区域外なのです。

 また、相手が海賊レベルなら自衛隊が容易に対処できますが、フーシ派はヘリコプターのみならず、無人機やミサイルまで持っています。自衛隊がこれを制圧しようとすると、憲法が禁止している武力行使になってしまいます。

 今後も同様の事件が起きるとなると、それでは迂回しようと言う声が出るかも知れませんが、スエズ運河を通らないようにするためには、アフリカ南端の喜望峰(きぼうほう)を回らなければなりません。これでは燃料費も航行日数も増えてしまい、経済的に打撃となります。

 そもそもフーシ派はイエメン内戦で力をつけた組織で、今回の事件はイスラエルのガザ攻撃がきっかけです。となると、事態を解決するためには、短期的にはイスラエルとハマスの戦闘の停戦が必要ですし、中長期的にはイエメン内戦を終わらせたり、フーシ派を壊滅させたりしなければなりません。どれも難題ですし、フーシ派は中東のイスラム教シーア派の大国イランが軍事支援しています。イランを抑えるとなると、さらに難題なのです。とはいえ、まずは相手を知ることから。フーシ派とはどんな組織なのでしょうか。

イランの支援受ける「抵抗の枢軸(すうじく)」

 そもそもはイエメン北部のシーア派の宗教活動組織でしたが、イエメン政府と対立し、初期の指導者だったフセイン・バドルッディーン・フーシ師が2004年に政府軍によって殺害され、武力闘争に発展。以後「フーシ派」と呼ばれるようになりました。

 2011年の「アラブの春」をきっかけに、それまでの独裁政権に反対する騒乱が起きたことでフーシ派は勢力を増大。スンニ派の新政権に対して2015年にクーデターを成功させ、首都サヌアを中心とする北部地域を制圧します。

 一方、権力を失った政権側は南部に逃れて抵抗。結果、イエメン内戦に突入します。これまでに犠牲者は37万人を超え、400万人もの難民が発生しています。

 イエメン内戦の構図がスンニ派対シーア派になっていることから、外部の介入を招きます。南部の政権側は、サウジアラビアとUAE(アラブ首長国連邦)が支援して軍隊を派遣します。ただし、UAEは多くの犠牲を出して撤退。現在はサウジアラビアが中心になっています。

 一方、フーシ派はシーア派ですから、イランが支援します。これまでに大量の武器を送った結果、フーシ派は強大な軍隊を持つようになります。戦闘員も2万人いると推定されています。

 イエメンは世界最貧国の一つ。資源もないことから国際社会は振り向いてくれません。そのために悲惨な争いが続いてきたのです。でも、国際社会が無視していると、今回のようなことが起きてしまうのですね。

 これまでフーシ派はサウジアラビアの石油精製施設に対してたびたびミサイルや無人機で攻撃してきましたが、今回は一転、イスラエルを標的にしたのです。

 イスラエルとハマスの戦闘が始まって以来の中東情勢を見ますと、イスラエルを攻撃しているのはハマスに限りません。イスラエルの北に位置するレバノンのヒズボラもイスラエル攻撃を繰り返していますが、そこにフーシ派も加わった形です。さらにイラクには「カタイブ・ヒズボラ」と呼ばれるシーア派の武装勢力があり、こちらはイラク駐留米軍を攻撃しています。

 そして、これらの背後にはイランがいるのです。イランは、自国が支援する武装勢力を指して「抵抗の枢軸」と呼んでいます。

 イランは1979年のイラン・イスラム革命でシーア派が政権を掌握すると、「革命の輸出」を始めます。周辺のスンニ派のアラブ諸国の中に存在するシーア派勢力に武器の援助をして、シーア派政権を増やそうとしているのです。と同時に反米国家として中東からアメリカを追い出そうとしています。アメリカへの「抵抗」の基軸になろうとしているのです。こうした構図を見ると、中東情勢は安定するどころか、ますます悪化しかねない危うさを孕んでいるのです。

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