池上彰のそこからですか!? 第596回 池上 彰 2023/12/08
ガザの医療機関はどうなっている?
イスラエル軍によるガザへの容赦ない攻撃が続き、民間人にも多くの犠牲が出ています。とりわけ病院への攻撃による患者や子どもたちの被害の様子には心が痛み(いたみ)ます。ガザの医療施設に関しては、「国連が運営」という報道もあります。「国連職員が既に100人以上死亡」というニュースも出ています。これはどういうことなのか。国連のUNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関。ウンルワと発音)で保健局長を務めている日本人の清田明宏(せいた あきひろ)さん(62)に先月末、ヨルダンの首都アンマンのパレスチナ難民キャンプで直接話を聞きました。
清田(せいだ)さんには、ちょうど10年前の2013年にもガザ地区で話を聞いています。ガザ地区はイスラエル国内に2つあるパレスチナ自治区(じちく)のうちの一つで、地中海に面した長さ50キロ、幅が5キロから8キロの細長い地域です。面積は東京23区の6割ほど。この表現でピンと来ない場合は種子島(たねがしま)とほぼ同じくらいと言えばどうでしょうか。ここに約220万人が住んでいます。
ガザ地区全体はイスラエルによって高さ8メートルの壁に囲まれ、壁の内側は最大約600メートルほどの緩衝地帯(かんしょうちたい)になっています。この様子は、よく「天井のない牢獄(ろうごく)」と表現されます。私もガザに入って、それを実感しました。
しかし今年10月、ガザを実効支配する武装勢力ハマスが壁をパラグライダーで越えたり、重機で破壊したりしてイスラエル側に突入。約1200人の一般市民を殺害しました。これに対してイスラエルがガザ地区を攻撃し、パレスチナの人たちにも多くの犠牲がでています。
ガザ地区のようなパレスチナ自治区(じちく)で住民の支援活動をしているのがUNRWAです。難民救済というと、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が知られていますが、これとは別の組織です。
1947年、パレスチナを「ユダヤ人国家」と「アラブ人国家」に分割する国連の「パレスチナ分割決議(ぶんかつけつぎ)」が採択され、翌年イスラエルが建国されました。しかし、周辺のアラブ諸国がこれを認めず、イスラエルを攻撃。その結果、イスラエルは国連決議が認めた領土より広い領域を占領しました。このとき大量のパレスチナ難民が発生したことから、1949年、国連総会でUNRWAの創設が採択され、1950年から活動を開始しています。
当初は活動期間が3年に設定されていましたが、その後も延長を繰り返して、いまに至っています。いまやパレスチナ難民は580万人に増加しています。
パレスチナ難民は、イスラエル国内の「ヨルダン川西岸地区(せいがん)」と「ガザ地区」にいることはよくニュースになりますが、これ以外にも周辺諸国に難民キャンプが存在します。そのうち最大の難民受け入れ国がヨルダンで、約230万人を受け入れているのです。
清田さんは、ここで難民の医療支援の指揮を執っています。
パレスチナ難民の一番の病気は?
パレスチナ難民が発生してから75年になりますから、難民の高齢化も目立って(めだって)います。「難民の抱える病気」と聞くと、あなたはどんな疾病(しっぺい)を思い浮かべるでしょう。乳幼児(にゅうようじ)を抱えた母親の映像がよく出ますから、「乳幼児の病気」をイメージする人も多いことでしょう。ところが、実際には高血圧などの生活習慣病(せいかつしゅうかんびょう)の患者が多いのだそうです。なぜか。
国連によって食料の支援がありますが、生活費を稼ぐことができない人たちは、安価(あんか)なパンで空腹を満たします。野菜や肉類には、なかなか手が出ないのです。結果、炭水化物に偏った(かたよって)食生活になります。しかも難民たちは国連が支援する難民キャンプから自由に外出することが出来ません。運動不足になります。ストレスの多い生活ですから、その点でも健康によくないのです。
清田さんは福岡県出身。医師となった後、WHO(世界保健機関)で中東地域で活動をした後、2010年にUNRWAに保健局長として出向して(しゅっこうして)います。ガザ地区やヨルダン川西岸地区ばかりでなく、周辺各国に点在する難民キャンプでの医療活動全般の責任者です。今回のイスラエルによるガザ地区の病院攻撃について聞くと、最初の答えは「国連機関の人間として政治的な発言は控えます」とのことでした。
清田さん個人としては、いろいろな思いがあるでしょうが、国際機関として政治的に中立であるべき立場なので発言には気を使う(きをつかう、周囲の人や物事に、細かく心づかいをする。)のですね。「でも……」と言葉を繋ぎました(つなぎました)。「病院は、いかなる理由であれ、攻撃対象になってはならないのです」と。
いまはガザに入ることができず、ガザでUNRWAが運営する7つの病院に連日電話をして様子を聞き取っているそうです。「とにかく薬が足りない。薬を届けてほしい」という悲愴な(ひそうな)訴えを毎日聞く立場だというのです。
「こんなに苛酷な(かこくな)状況でもUNRWAの医療職員は頑張っています」とのこと。そのモチベーションは何でしょうかと聞くと、「彼らもまたガザの住民だから」というのが答えでした。ガザの人たちへの医療支援は仕事だけれど、同じ地区に住む者として仲間を助けなければならないという気持ちに突き動かされているというのです。
ガザのUNRWA職員が100人以上も犠牲になっている現状を聞くと、「彼らの多くは、仕事を終えて自宅に戻った後で空爆によって命を落としている」とのことでした。医療に従事しているとはいえ、彼らもガザの住民であり、生活者。であるがゆえに、自宅で空爆の犠牲になっているのです。
清田さんへのインタビューで、イスラエルに対する批判は聞かれませんでした。それが国連職員なのですね。でも、助けを求めている人がいるのに、十分な救援ができない。その焦燥感(しょうそうかん)が痛いほど伝わってきました。