町山智浩の言霊USA 第670回 2023/04/22
I do not resort to hatred, bias or racism - as you once did.(私は憎しみや偏見や人種差別に訴えません――あなたのようには)
2018年秋、中間選挙の取材で、テネシー州チャタヌガに行った。共和党の上院議員候補の応援に訪れるトランプ大統領(当時)を一目見ようと、朝から数千人が行列を作っていた。
「I believe in God, Gun, and Trump(私は神と銃とトランプを信じる)」と書かれたTシャツを着た人がいる。2016年の大統領選挙では福音派(保守的なキリスト教徒)の8割がトランプに投票した。
「私はいきなり女性のプッシーをつかんでも許される」「ニューヨークの五番街でいきなり誰かを射殺しても私の支持者は減らない」などと公言するトランプほど神から遠い男はいないのに、なぜ、あなたがた福音派はトランプを支持するんですか?
「トランプはキュロス王の再来だからさ!」
キュロス王とは、実在した古代ペルシャの王。紀元前539年に現在のイラクにあった大国新バビロニアを攻め滅ぼし、バビロニアに囚われていたユダヤ人を解放し、ユダヤ人たちにエルサレムの神殿を再建させた。そのため、旧約聖書では異教徒キュロス王を(ユダヤ人の)「救世主」と呼んでいる。
そのキュロス王がなぜトランプなのか。2017年、トランプがエルサレムをイスラエルの首都と認定したからだ。
イスラエルはエルサレムを首都としているが、パレスチナも同じくエルサレムを首都と主張している。そんな火中の栗を拾うのは嫌だから、諸外国はどちらの主張とも関係ないテルアビブに大使館を置いてお茶を濁してきた。なのにトランプはあえて大使館をエルサレムに移転させて、イスラエルの主張を認めた。
しかし、トランプがこれを決断したのは、イスラエルのためではない。ユダヤ人のためでもない。アメリカ・ユダヤ人委員会(AJC)が2017年に実施した調査によると、アメリカ政府がエルサレムをイスラエルの首都と認定することを希望したのは、在米ユダヤ人のわずか16%にすぎなかった。ちなみにアメリカ人全体の63%もトランプの決定に反対。みんな、イスラエルのネタニヤフ首相のパレスチナ弾圧に否定的だから。
じゃあ、いったい誰のため?
「福音派のためです」
トランプは言った。アメリカ国内の福音派からの激しい嘆願があったからだと。彼らは新約聖書の黙示録にある終末論を信じている。そこには、エルサレムに新しい神殿が建てられた後、キリストが最後の審判のために再臨すると書かれている。福音派は、その預言を成就(じょう‐じゅ)させたいのだ。
かくして、イスラエルではトランプとキュロス王の横顔(よこがお)が並んだ記念コインが発売された。
バカバカしいとは思うが、キュロス王ならまだマシだった。とうとうトランプはキリストだと言い出すバカまで現れた。
4月4日、トランプは逮捕された。2016年の大統領選出馬時に、ポルノ女優ストーミー・ダニエルズに13万ドル支払い、 彼女との関係を口止めした件を隠蔽するために事業記録を改ざんした罪で起訴されたからだ。トランプは自らニューヨークの 刑事裁判所に出頭して罪状を否認してからフロリダの自宅に帰った。
「トランプ氏は罪なくして逮捕されました!」
裁判所前で、トランピストのマージョリー・テイラー・グリーン下院議員(ジョージア州・共和党)はメガホンを使って叫んだ。
「ローマ帝国に捕まって殺されたイエス・キリストと同じです!」
浮気隠しとキリストの受難を一緒にするなんて……。
トランプ自身、キリスト的というか、黙示録的イメージを意図的に弄んで(もてあそばんで)いる。彼は逮捕の前々週、 テキサス州ウェイコで支持者集会を開いた。このウェイコという街はある種の人には意味がある。
「私は君たちの戦士だ!」
ウェイコでは1993年、黙示録の終末論を信じる原理主義キリスト教カルト「ブランチ・ダヴィディアン(ダビデ派)」が 教団建物に重火器(じゅうかき)を集めて立て籠もった。包囲したFBIと銃撃戦になり、建物は炎上。子ども25人を含む81人が死亡した。
それ以来、ウェイコは連邦政府に抵抗する武装主義者、ネオナチ、キリスト教過激派の聖地になっている。そして、ブランチ・ダヴィディアンを 率いた教祖デヴィッド・コレシュの名字「コレシュ」は「キュロス」のヘブライ(【Hebraios ギリシア・希伯来】)読みなのだ。
「キュロスの再来」トランプはウェイコの演説で聴衆にこう叫んだ。
「私は君たちの戦士だ! 私は君たちの正義だ! 私は君たちの報復だ!」
よくいうよ。
トランプ出頭の日、ユセフ・サラーム氏(49歳)が「正義と公正を!」と書かれた意見広告をツイートした。それは30年前、 トランプがニューヨーク・タイムズ紙他3つの新聞に載せた広告のパロディで、元の広告は1989年にセントラル・パークでジョギング中の 女性をレイプした容疑で逮捕された5人の少年を「死刑にしろ」と主張する内容だった。その少年の1人が当時15歳のサラーム氏だった。
2002年のDNA検査で犯人は別人と判明したが、サラーム氏は人生を破壊された。その苦境を乗り越えて社会奉仕活動を続け、 現在はハーレム地区のジェントリフィケーション(高級化)による家賃高騰を抑えるため、ニューヨーク市議会議員に立候補している。
無実だった少年たちを「死刑にしろ」と扇動して今も謝罪しないトランプに対してサラーム氏はこう言う。「それでも私は憎しみや偏見や 人種差別に訴えません――あなたのようには」('Yet I will not resort to hatred, bigotry, or racism--as you do.")
どっちがキリストだよ。