町山智浩の言霊USA 第673回 2023/05/20
Go Disney!(行けディズニー!)
訪米した岸田首相をフロリダ州知事ロン・デサンティスが表敬訪問(ひょうけいほうもん 〘pay〙a courtesy call)した。共和党の次期大統領予備選に出馬するといわれる、と日本でも報道された。
4月26日、デサンティスがディズニーに訴えられた(うったえられた)。
「表現の自由に対する州政府の報復(ほうふく)」で。
ディズニー対デサンティスのバトル(battle)については、この連載でも何回か書いてきたけど、ちょっとややこしい(〖複雑な〗complicated)。
デサンティスはリベラルに対して激しい文化戦争をしかけ続けている。2022年3月に「教育における親権法」を制定。公立小学校の3年生までの教師が生徒に「性」について語るのを禁じる州法で、特に同性愛や性同一性について話すと解雇(かいこ)されるのでDon't Say Gay(ゲイと言わないで)法と呼ばれた。
これには当然、LGBTの人々が猛反発。多くのLGBTがいるディズニーの社員たちも、CEOのボブ・チャペックに州知事に抗議するよう要求した。ディズニー・ワールドには年間5800万人もの観光客が訪れ、8万人以上の雇用(こよう)と7億ドル以上の納税(のうぜい)でフロリダ州に貢献しているから、州知事も意見を聞くだろうと。
チャペックが抗議するとデサンティスは激怒し、ディズニー・ワールドの特別区扱いを撤廃(てっぱい)した。ディズニー・ワールドは何もない湿地帯(しっちたい)に開発されたので、道路や上下水道(じょうげすいどう)、ガス電気、消防署(しょうぼうしょ)などはディズニーが自費(じひ)で建設した。そのため50年間にわたってインフラ管理の自治権と固定資産税の優遇(ゆうぐう)を受けていたが、デサンティスはそれを奪った。
追加徴収される税金は2億ドル以上。チャペックは責任を取ってCEOを降り、前任のボブ・アイガーがCEOに再就任した。
さらにデサンティスはその地区を管理するセントラル・フロリダ観光監視地区委員会の理事たちを解任し、代わりに「教育における親権法」を推進した反LGBT活動家など右派の過激派5人を任命し、「道に迷った企業を指導する」、つまりディズニーの経営にも介入すると宣言した。
デサンティスはストップWOKE法という州法も制定した。アメリカの企業では女性やLGBT、少数民族に対する差別をしないよう社内研修が行われるが、それを禁止する州法だ。理由は「白人男性差別だから」。デサンティスは理事たちにディズニーがストップWOKE法を守るよう監視させたいのだ。
また、ディズニーはアニメ『バズ・ライトイヤー』に同性婚カップルを出したり、『リトル・マーメイド』の実写版(じっしゃばん)では人魚姫(にんぎょひめ)をアフリカ系にしたり、作品内でも多様性を拡大して保守派をイライラさせており、そこにもデサンティスが口を出すかもしれない。
ディズニーを破壊しようと意気揚々と就任した新理事たちは驚いた。前任の理事たちが解任直前に契約書を書き換え、理事の権限をインフラだけに制限していたのだ! しかも、その契約期限は「チャールズ3世(今の英国王)の最後の子孫の死後21年まで有効」とされていた。つまり、ほとんど永遠!
ディズニーはデサンティスの手を封じたわけだが、地区委員会側がディズニーを反訴(はんそ)した。ネットではGo Disney!(行けディズニー!)がトレンドになったが、ボブ・アイガーも訴えた以上、最高裁まで戦う覚悟だろう。総理と食事しただけで忖度する日本のメディアとは根性が違う。
そのデサンティスと来年の大統領予備選で戦うドナルド・トランプの公判も始まった。4月26日、証言台に立ったコラムニストのE・ジーン・キャロルさん(79歳)は最初にこう言った。
「私がここにいるのは、トランプにレイプされたからです」
「部室のジョークだ」
1990年代半ば、彼女はニューヨークのデパートで偶然、顔見知りのトランプと出くわした。「友人の女性のために下着を選んでほしい」と頼まれた彼女がボディスーツを選ぶと、トランプは彼女に試着してほしいと言う。彼女がしぶしぶ試着室に入るとトランプが押し入ってきて、彼女の頭を壁に押し付け、いきなり性器に指を入れてきた。
「私は怖くて悲鳴を上げられませんでした」涙を浮かべてキャロルさんは証言した。
トランプは立ったまま彼女を犯すと立ち去った。
キャロルさんは2人の友人に相談した。1人はすぐに警察に届けるよう勧めた。もう1人は「もし警察に行ったら、億万長者(おくまんちょうじゃ)のトランプは強力な弁護士チームであなたの人生を破壊するだろう」と警告した。キャロルさんは沈黙を選んだ。
2016年にトランプが大統領選に立候補すると、彼に性的暴行を受けた女性たちが次々と名乗りを上げた。キャロルさんも2019年に出版された本でそれを告白した。するとトランプは「私がやるわけがない」と否定した。「だって、あんな女、オレのタイプじゃないから」。キャロルさんは暴行と名誉毀損(めいよきそん)の民事訴訟(みんじそしょう)でトランプを訴えた。
公判でキャロルさんの弁護士は、「1979年と2005年にトランプにレイプされた2人の女性の告白と比べると、3つともやり口が同じです」と言った。押さえつけて、いきなり性器に指を入れている。トランプは、大統領選の最中に流出した「私がいきなりプッシーをつかんでも女性は文句を言わない」と自慢する音声を「部室のジョークだ」と弁解したが、実際にやっていたのか。
「あのレイプ以降、私はセックスをしていません」キャロルさんは証言台で語った。「誰かに恋して、一緒に食事して、犬を連れて散歩して……そんな経験はできなくなってしまったんです……」
5月9日、陪審はトランプの暴行を事実と認定、賠償を命じた。トランプは2日後に控訴(こうそ)した。