町山智浩の言霊USA 第675回 2023/06/03

Glass Cliff(ガラスの崖(がけ))

 Twitter社の新CEOにリンダ・ヤッカリーノ氏が就任すると発表された。

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 Twitter社を440億ドルで買収したイーロン・マスクは去年の10月に同社のCEOになったが、やることなすこと失敗だらけ。まず7500人いた社員を1000人に減らした。減らしすぎてシステムのメンテナンスもできず、エラーは日常茶飯事(にちじょうさはんじ)になった。

 また、デマや陰謀論、テロや差別など、危険なツイートを監視するスタッフを辞めさせたため、ひどいツイートが激増した(げきぞうした)。

 選挙デマを飛ばしていたドナルド・トランプのアカウントの凍結(とうけつ)についてイーロンは「あれだけのフォロワーを持つトランプを凍結したのはビジネスとして間違っていた」と言って、凍結を解除したが、既に自分のSNSトゥルース・ソーシャルを所有しているトランプは戻ってこなかった。

 その一方で、イーロンは自分に批判的なジャーナリストのTwitterアカウントを停止した。CNNのドニー・オサリバン氏、NYタイムズのライアン・マック氏、ワシントン・ポストのドリュー・ハーウェル氏などだ。抗議を浴びて復活させたが、実にみっともなかった。

 また、イーロンはユーザーの本人認証(ほんにんにんしょう)チェックマークを、月8ドル払えば誰にでも提供する「Twitterブルー」なる有料サービスに切り替えた。アカデミー賞女優ハル・ベリーは「そんな金払いたくないから、みんなと同じ無印になるわ」と言って、ブルーのマークが消えた。ところが、ベストセラー作家スティーヴン・キングは「僕も8ドル払ってないけど、なぜかブルーになってる」とツイートした。また、ヘリコプター墜落で亡くなった元NBA選手コービー・ブライアントの使われてないTwitterアカウントもブルーになった。誰を無料で認証し、誰をしないのか、その基準はデタラメだった。

 いちばんの問題は、8ドル払えば誰でもブルーになれることで、当然、「なりすまし」が横行した。大手製薬会社イーライリリーのなりすましアカウントが「インシュリンを無料で提供します」と嘘ツイートをして、イーライリリーに問い合わせが殺到。ブルーの本人認証としての信頼性はゼロになった。

 イーロンのTwitterはとにかく仕事が素人(しろうと)。アメリカのNPR(アメリカ公共ラジオ)やPBS(公共テレビ放送)、イギリスのBBCのTwitterアカウントを「国家資金運営」と分類して、各社から抗議された。これらのメディアは政権からの圧力に左右されないよう、BBCは受信料、NPRやPBSは寄付で運営している。NPRとPBSはTwitterから脱退した。

 こんな運営だから、イーロン・マスクがCEOになってから、Twitterの広告クライアント上位1000社のうち半分以上が広告を止めた。

 批判を浴び続けるイーロンは去年12月18日、自分はTwitterのCEOを辞めるべきか続けるべきか、Twitterユーザーの投票に委ねると宣言した。「なんだかんだ言われても自分は人気者だから」という自信があったのかもしれないが、1750万票以上の投票で、57.5%がイーロンのTwitterCEO辞任に賛成した。その後、12月28日にイーロンは「自分は多くの失敗をした」と認めた。

 それから半年近く経って、ついに次期CEOが決定した。リンダ・ヤッカリーノ氏は1963年生まれ。彼女は、NBCテレビとユニバーサル映画を収めるNBCユニバーサル社の広告担当として成果を上げており、Twitterが失ったクライアントを取り戻すことを期待されている。

 だが、この人事は「Glass Cliff(ガラスの崖)」ではないか、と評する人も多い。

企業の先行き(さきゆき)が危うくなると

 もともと「Glass Ceiling(ガラスの天井)」という言葉がある。女性や少数民族が企業の中で頑張って、出世の階段を上がって行っても幹部や役員、経営陣にはなれないことを、見えない天井に譬えた言葉。ところが、その企業が崖っぷちに追い詰められた時、なぜか女性や少数民族が経営陣に抜擢されることが多い。

 それを「ガラスの崖」と呼んだのは、2004年、英エクセター大学のミッシェル・ライアン教授とアレックス・ハスラム教授で、英米の多くの企業を調査し、約120人を対象にアンケートを取ったことで、実際に企業の先行きが危うくなると女性や少数民族に経営を任せる率が高いことを検証した。

 その理由としてポジティヴなのは、女性や少数民族は危機を突破する画期的なアイデアを出すことを期待されるから。

 たとえば、コカ・コーラに圧倒されていたペプシコーラのペプシコは2006年にインド系の女性インドラ・ヌーイ氏をCEOに抜擢、コーラよりもビタミン飲料や果汁飲料などヘルシー食品に重点を移してペプシコを総合食品企業に脱皮(だっぴ)させた。

 コピー機の需要減少で危機に陥ったゼロックスは、2009年にアフリカ系の女性アーシュラ・バーンズ氏をCEOに抜擢し、紙からデジタルのデータベース作成へと業務転換して生き残った。

 2008年の金融危機で破綻したGM(ゼネラルモーターズ)は18歳から自動車工場で働いてきたメアリー・バーラ氏をCEOに抜擢し、電気自動車、自動運転などハイテクに転換して会社を再生させた。

 しかし、裏を返せば、白人の男たちは順風満帆(じゅんぷうまんぱん)な時は企業の舵を自分たちで独占して現状維持するが、目の前に氷山が迫ってくると女性や少数民族を先頭に押し出して改革させて失敗の責任を押し付ける、ということでもある。

 それって最近の日本の政党もやってるよね。言いにくい差別的なことや人道的にヒドいことは、梅村みずほ(うめむら みずほ)とか杉田水脈(すぎた みお)とか丸川珠代(まるかわ たまよ)に言わせて、おっさんたちはその陰に隠れてさ。

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The glass cliff is a hypothesized phenomenon of women being likelier than men to achieve leadership roles, such as executives in the corporate world and political election candidates, during periods of crisis or downturn, when the risk of failure is highest. Other research has expanded the definition of the glass cliff phenomenon to include racial and ethnic minority groups.

A glass ceiling is a metaphor usually applied to women, used to represent an invisible barrier that prevents a given demographic from rising beyond a certain level in a hierarchy. No matter how invisible the glass ceiling is expressed, it is actually a difficult obstacle to overcome. The metaphor was first used by feminists in reference to barriers in the careers of high-achieving women. It was coined by Marilyn Loden during a speech in 1978.