町山智浩の言霊USA 第678回 2023/06/24

Mormons Building Bridges(橋を架けるモルモン)

 BS朝日『アメリカの今を知るTV』の取材でソルトレイクシティに行ってきた(いってきた)。

 巨大な塩水湖(しおみずこ)しかない標高1300メートルの高地(こうち)なので、春でも零下で雪が降る。乾燥しきっているので雪も粉みたいにサラサラで、触っても指が濡れない。

 モルモン教徒はここを開拓した。モルモン教の正式名称は末日聖徒(まつじつせいと)イエス・キリスト教会という。末日とは世界の終わりに近づいている現在を意味する。

 モルモンという通称は経典(けいてん)モルモン書が由来。1820年代に東部バーモント州( Vermont)出身の農民の息子ジョセフ・スミスが地中から発掘した金のプレートでできた本がモルモン書。そこに古代エジプト語で書かれていた教義をスミスが英語に翻訳したという。でも、古代エジプト語って、象形文字(しょうけいもじ)じゃないの? そのモルモン書、実際に見せてほしいなあ。でも、スミスは翻訳(ほんやく)を終えた後、モルモン書を神に返したという。

 モルモン教徒は増えたが、キリスト教の異端(いたん)としてアメリカ各地を追われた。スミスが一夫多妻(いっぷたさい)を始め、数十人の妻を持ったこともあって、人々はモルモンを迫害(はくがい)した。モルモン側も防衛(ぼうえい)のために武装し、対立はエスカレート、ついに教祖スミスは暴徒(ぼうと)に射殺されてしまう。彼の後を継いだブリガム・ヤングは教徒を率いて西へ西へと逃げ、荒野の果て、ソルトレイクにたどり着いた。

「そこに見えるのがブリガム・ヤングの家だよ。30人の妻と同居してた」

 今回、ソルトレイクを案内してくれた不動産業者のバブスさんが教えてくれた。

 ソルトレイクに定着したモルモンをアメリカ政府は追撃(ついげき)し、軍を送った。戦いで多くの死者も出たが、1890年、モルモンはアメリカ政府と和解するために一夫多妻を放棄した。モルモン教団のトップである「大管長(だいかんちょう)」が神から直接、「一夫多妻の役割は終わった」という天啓(てんけい)を受けた、という形で。

「それでも多くのモルモン教徒が一夫多妻を続けようとしたね」

 バブスさんが、古い住宅地を指差して言った。

「あのへんの家の地下は広いんだ。昔、奥さんを何人も隠していたからね」

 現在、モルモンは教団として一夫多妻を厳しく禁止している。

「こっそり一夫多妻を続けている連中は、時々見つかって警察に逮捕されてるよ。未成年を妻にしてるからね。一夫多妻の家から脱出した元妻(もとつま)たちはグループを作って、秘密裏に一夫多妻を続ける家から妻たちを救出する運動をしてるね」

 モルモンはいろいろと厳しい戒律(かいりつ)で知られる。婚前交渉はもちろん自慰も禁止で、性器をいじりにくい特別の下着(したぎ)を着る義務がある。また、「強い飲み物」である酒や「熱い飲み物」であるコーヒーもタブーとされる。

 自分は25年前に大陸横断の途中で初めてソルトレイクシティを訪れたが、安息日(あんそくび)とされる日曜日だったので、一切(いっさい)の店が閉まって(しまって)いて、ビールが欲しくてもどこにも売ってなくて苦労した。

 さて、今回、25年ぶりに訪れたソルトレイクは見違える(みちがえる)ほど変わっていた。あちこちにコーヒーショップ、バーやクラブ、クラフトビール(craft beer)のブリュワリーがある。地ビール(じびーる)や地酒(じざけ)の名前は「ポリガミー(一夫多妻)」とか「5人の妻」とか、ソルトレイク独特。

「2002年のオリンピックで変わったんだよ。世界中から人が来たからね。それに今はシリコン・スロープ(Silicon Slope)だから」

 ソルトレイクの周辺は高い山に囲まれているのだが、そこにハイテク、IT産業が集まってきたのでシリコン・スロープと呼ばれている。シリコン・バレーのあるカリフォルニア州ベイエリアの家賃(1DKで30万円以上)よりはるかに安いし、アウトドア・スポーツが楽しめる自然に囲まれているので、若いテック・エリートに大人気なのだ。彼らの遊び場(あそびば)として、酒場(さかば)やコーヒーショップも増えた。現在の人口の5割は非モルモン教徒だ。

プライド・パレードにも参加

「私もユダヤ教徒だよ」

 そう言ってバブスさんはカウボーイ風の帽子を取り、その下のヤムルカ(ユダヤ教徒が頭につける小型の丸い帽子)を見せた。

 ん? ヤムルカは男性用の帽子だけど、バブスさんはどう見ても中年の女性なのだ。

「あのね、私はレズビアン。女性の妻がいるんだ」

「妻」ってことは、正式に結婚してるってこと?

「うん。ユタ州は同性婚を認めたんだ」

 でも、ユタ州政府はモルモン教徒に支配されてますよね?

「そうだけど、モルモンは教団として同性婚を容認したんだよ。去年の11月に。でも、やっぱり婚前交渉は禁止。がはは」

 モルモン教徒は長年(ながねん)ゴリゴリの保守で、選挙ではいつも共和党に投票し続けていた。しかし近年、リベラルなモルモン教徒が増加しているという。

「毎年6月のプライド・パレード(LGBTQの祭典)にはモルモン教徒も参加するよ」

 パレードでモルモン教徒たちは「Mormons Building Bridges(橋を架けるモルモン)」と書かれた横断幕を掲げて行進した。多様な人々との間に橋を架ける、という意味だ。同教徒によるLGBTQ支援団体の名称でもある。

 かつてモルモンは社会通念と対立する「カルト」だった。でも、時代と共に変わってきた。かつてモルモンは黒人の神権(しんけん)(聖職者になる資格)を認めなかったが、1970年代に認めた。やはり大管長(だいかんちょう)が神から「黒人もOK」という天啓(てんけい)を受けたからだ。今のところ、モルモンはまだ女性の神権を認めていないが、近い将来、大管長が天啓を受けて変わるかもしれない。LGBT法案や夫婦別姓に反対する自民党のほうがずっとカルトだよ。あ、裏に統一教会がいるんだっけ。