町山智浩の言霊USA 第679回 2023/07/01

The Penskes(ペンスキー一族)

 先日、インディ500(Indianapolis 500) に行ったので、今回はインディ500とゴールデン・グローブ賞について書きます。

 自動車レースとハリウッド外国人映画記者協会の賞の関係って? どちらもペンスキー一族が所有しているのだ。

 まず、インディ500とは、インディアナ州の州都インディアナポリスで毎年5月に行われる500マイルの自動車レース。今年で107回目で、世界で最も古い自動車レースのひとつ。

 インディ500は「世界最速で世界最大」と呼ばれる。コースは1周2.5マイル(約4キロ)の楕円形。ヘアピンとか急カーブはないから、(〔 hairpin+curve〕長 U 字形のヘアピンのように鋭く折れ曲がっている道路のカーブ)最初から最後までフルスロットル(full throttle)でこれを200周する。だから現在は最高時速約380キロも出る。新幹線はやぶさ(320キロ)よりも、F1(372.5キロ)よりも速い。1周回るのにわずか1分。これを33台で競うからラッシュアワー(rush hour)状態。世界で最も速く、最も危険なレースでもあった。

「世界最大」なのは観客数。客席を35万人が埋める。東京ドームの6倍以上だ。レース自体はレースカーが目の前を一瞬で通り過ぎるだけだが、みんな何日も前から会場の周りでキャンプしている。バーベキューしている彼らに話を聞いてみると、親子三代で何十年も通っている家族も多い。ただ、圧倒的に白人ばかり。

 インディ500は白人優先主義だと批判されてきた。そもそもインディアナ州の白人率は8割(全米平均は6割)。「インディアンの土地」という意味なのに、先住民が全然いない。みんなオクラホマのほうに強制移住させてしまったから。インディ500のドライバーも白人ばかりで、107回の歴史の中でアフリカ系選手はたった4人しかいなかった。

 しかしインディ500は変わってきた。2017年に佐藤琢磨選手(さとう たくま、1977年1月28日 - )がアジア人として初めて優勝した時、デンバー・ポスト紙のスポーツ・コラムニスト、テリー・フライが「日本人が優勝して不快だ」とツイートし、ファンからもレーサーからも激しい抗議を受け、新聞をクビになった。インディは多様化、国際化を推進し、今年は出場選手33人中半数(ちゅうはんすう)以上が外国人で、女性も1人いる。

 さて、会場であるインディアナポリス・モーター・スピードウェイのオーナーは、全米規模の運輸会社を経営する大富豪ロジャー・ペンスキー(86歳)。この人、もともとF1レーサーで、引退後にレース・チームのオーナーとしてインディ500に参戦、優勝を続けた。そして、2019年、ペンスキーは運輸会社の収益で、レースそのものを買収してしまった。つまり、競技者自身が競技会の主催者なわけ。それってどうなの? と普通思うわけで、今回の第107回もそんな疑惑が吹き出した。

 レース後半になって、次から次にクラッシュ(crash)が続くなか、スウェーデンのマーカス・エリクソンがトップに立って他を引き離し、優勝を決めるかに見えた。ところが、197周目でクラッシュ。レッドフラッグ(赤旗、あかはた)が振られてレース中断。残り2周だが、1周目は追い越し禁止なので、ラスト1周で勝負が決まる。その最後のストレート(straight)でエリクソンを2番手のジョセフ・ニューガーデンが抜いて逆転優勝。史上最高の賞金合計5億円を手にした。

 でも、ニューガーデンはチーム・ペンスキーだった。エリクソンはレッドフラッグを出されなければ勝っていたと抗議した。チーム・ペンスキーを勝たせるためでは? と囁く者も少なくない。

 で、この、インディ500を買収したロジャー・ペンスキーの息子が、今回、ゴールデン・グローブ賞(ハリウッド外国人映画記者協会賞)を買収したジェイ・ペンスキー(44歳)なのだ。

「投票前に熟慮ください」

 ジェイ率いるPMC(ペンスキー・メディア・コーポレーション)は、ロック雑誌ローリング・ストーンをはじめ、映画や音楽関係の雑誌を次々に傘下に収めてきた。ハリウッド業界媒体の大手3社、バラエティ、ハリウッド・レポーター、デッドラインは3つともPMCの子会社だ。これら3媒体は、映画業界人に定期購読されており、アカデミー賞シーズンになるとノミネートされた映画人たちが「投票前に熟慮ください」と、莫大な金を投じて広告を出す。

 映画人たちの内輪の投票で決まるアカデミー賞よりも、ジャーナリストの投票で決まるゴールデン・グローブ賞のほうが信用できる、と言われることもあった。しかし、記者協会の会員は100人もいないので、昔から接待や買収の対象になってきた。また、映画人に対して強大な権力を持ってしまったのも問題で、俳優のブレンダン・フレイザーは記者協会の会長にセクハラされたと訴えた。

 さらに2021年、ロサンゼルス・タイムズ紙が記者協会の会員に1人もアフリカ系がいない事実を暴露、俳優組合は抗議のため、ゴールデン・グローブ授賞式への出席をボイコット。NBCテレビは授賞式の中継を中止した。

 評判が落ちていたゴールデン・グローブ賞を買ってジェイ・ペンスキーは何をするつもりなのか? インディ500のようなレース・ショーにでもするのかな?「第3コーナーを回って、スカーレット・ヨハンソン、ジェニファー・ローレンスと激しい競り合い!」って? ウマ娘か?

 このゴールデン・グローブ賞の買収で、非営利団体のハリウッド外国人映画記者協会は解散し、現在の会員はペンスキーの会社に年収7万5000ドル(約1000万円)で雇用されると発表された。映画見るだけで1000万円もらえるなんて最高! みたいに思えるが、ゴールデン・グローブの授賞対象は映画だけでなく、テレビドラマ、それに最近すさまじい数に増えている配信ドラマも含まれている。つまんない作品の数は面白い作品の何倍もあるだろう。その仕事、天国か、地獄か……。