町山智浩の言霊USA 第687回 2023/09/02
RICO(Racketeer Influenced and Corrupt Organizations)Act (恐喝・腐敗組織法)
8月14日ドナルド・トランプ前大統領がジョージア州の検事局に起訴された。またなの? いくつめ?
これで4件目。合計91の罪で刑事起訴されている。まずは、ポルノ女優に払った口止め料(くちどめりょう)の不正申告、2つ目は、軍事機密を含む公文書を無許可で自宅に持ち帰り、隠していた件、3つ目は、2020年に大統領選で負けた時、支持者を扇動(せんどう)して議会に乱入させ選挙結果の認定を覆そう(くつがえそう)とした件、そして今回の起訴だ。
今回は、大統領選挙の後、ジョージア州の投票結果を変えよう(かえよう)とした罪。本件は他の起訴よりも有罪になって刑(けい)を受ける可能性が高いと言われている。
まず証拠が明確だ。
トランプがジョージア州の選挙を管理する州務長官ラフェンスパーガー(共和党)に電話して「(バイデンとの票差)1万1780票を見つけたいだけだ」と言った録音は既に公開されている。これは投票数を操作(そうさ)する犯罪を強要する恐喝(きょうかつ)にあたる。
そのため、ジョージア州の検察は、RICO法(恐喝・腐敗組織法)を適用した。これは本来、マフィアなどの犯罪組織の犯罪で、直接犯罪行為をしてない幹部やボスを起訴するための州法。今回は、トランプ以外に彼の弁護士だったルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長など18人が一緒に起訴されている。トランプを起訴したジョージア州の地方検事ファニー・ウィリスは記者会見で「明確な被害者がいます」と言った。
ジョージア州の投票集計員だったルビー・フリーマンさん(当時62歳)と、彼女の娘、アンドレア・モスさん(当時37歳)のことだ。この母娘(ははむすめ)はトランプから「票を盗んだ犯人(はんにん)」として名指しで攻撃され、命まで脅かされた。
フリーマン母娘はボランティアで票の集計をした。他の州と同じく集計の様子はカメラで全米に中継されていた。その動画の一部がトランプ一派に切り取られてSNSに張り付けられた。
「この母娘はスーツケースから投票用紙を出してるぞ! 偽造されたバイデン票だ!」それは正規の投票用紙が入った箱を開けるという通常の開票作業だった。
「彼女は他の集計者にUSBドライブを配っている! ニセのデータ入りだ!」フリーマンさんが配っていたのはミント・キャンディだった。
しかし、トランプとジュリアーニ弁護士はフリーマン母娘を公(おおやけ)の場で「票泥棒(ひょうどろぼう)」と呼び続け、2020年12月3日に母娘を選挙妨害で訴えた(うったえた)。
トランプ支持者が集まるSNS「パーラー」には、フリーマン母娘の「処刑」を匂わせる書き込みが増えた。フリーマン母娘の電話番号やメールアドレス、住所もSNSに掲載され、嫌がらせが殺到した。アフリカ系である2人に対する人種差別的罵倒もあった。電話にも出られず、家からも出られなくなった。
「フリーマンさん、あなた方(あなたがた)が心配です」
ある日、家に訪れた1人の黒人がドアの向こうから言った。彼はトレビアン・クッティ、トランプ支持のラッパー、カニエ・ウェストの広報担当だと名乗った。
「あなたは投票詐欺で逮捕されますよ。罪を軽くしたければ自白しなさい」このクッティもトランプと一緒に脅迫で起訴された。
フリーマン母娘は警察に通報したが、「引っ越せば」と言われるだけ。2021年1月6日、トランプ支持者数千人が連邦議会に乱入するのをテレビで観た母娘は荷物をまとめて家を逃げ出し、知り合いの家を転々としながら隠れ続けた。収入は絶え、同居中の10代の孫も勉強どころではなくなった。
フルトン郡刑務所に…
「大統領に狙われる気持ちがわかりますか?」2022年、連邦議会襲撃についての調査委員会でフリーマン母娘は被害を証言した。今年の6月、ジョージア州とFBIは協力して、すべての票と集計所のビデオを調査して、フリーマン母娘にかけられた疑惑はまったくの濡れ衣(ぬれころも)だと最終報告した。
トランプは有罪になるだろう。裁判が行われるジョージア州フルトン郡は人口の約半数がアフリカ系で、2020年の大統領選でトランプに投票した有権者は少ない。そこから選ばれた陪審員が票を奪おうとしたトランプを許すはずがない。
だからトランプ陣営は今回の件をもっと白人の多い郡の裁判所に移すか、連邦裁判所に訴えようと画策(かくさく)している。連邦裁判で最高裁まで行けば、判事の9人中6人が共和党の大統領が指名者だから、無罪になるかもしれないし、連邦法で有罪になっても、来年の大統領選挙でトランプか他の共和党からの候補が勝って大統領になれば恩赦が可能。
今のところ、今回の起訴は州法違反なので助かる見込みは薄い。ジョージア州のケンプ知事は共和党だが、トランプに電話で票をよこせと脅迫されたので完全に反トランプに。自業自得(じごうじとく)。
ではトランプが有罪になるとどうなるか?
州法で有罪になっても大統領選には出られるし、大統領にもなれる。トランプの支持率は現在、共和党の大統領候補のなかで最大なので勝つ可能性が高い。しかし、たとえ大統領に就任しても州法で有罪なら刑務所に行かなければならない。フルトン郡刑務所に。
フルトン郡刑務所には、現在定員の2倍以上が収容されている。囚人(しゅうじん)が多すぎてベッドもなく床で寝ている。清掃も追いつかない上に設備は老朽化(ろうきゅうか)して、不潔極まりなく、南京虫(トコジラミ、なんきんむし)などからの感染症で囚人が死亡する事態も起こっている。囚人も職員も改修を求めているが、収監者があふれて、それもできない。
そこに子どもの頃から大金持ちで甘やかされて育ったトランプ77歳が耐えられるのか。しかも場合によっては、この刑務所がホワイトハウスになるかもしれない。わくわく。