町山智浩の言霊USA 第689回 2023/09/16
Fuck, Bud Light!(くたばれバドライト!)
ロサンジェルスから車で2時間ほど東に走った国有林(こくゆうりん)の中にある貯水池(ちょすいいけ)レイク・アローヘッドは静かなマウンテン・リゾートだが、そこで8月18日、銃撃戦があった。
警察との撃ち合いで死亡したのはトラヴィス・イケグチ(27歳)。近くの衣料品店のオーナー、ローラ・アン・カールトンさん(66歳)を射殺した後だった。
警察の発表によると、まずイケグチはカールトンさんの衣料品店(いりょうひんみせ)のレインボー・フラッグを引き裂いた。レインボー・フラッグ(虹の旗(にじのはた))は、LGBTの権利を求めるシンボル。カールトンさんは同性愛ではなく男性と結婚した9人の子どもの母だが、LGBT差別に反対して、店の前にレインボー・フラッグを掲げていた。イケグチはSNSにレインボー・フラッグが燃える写真などを投稿しており、カールトンさんに同性愛者に対する差別的な言葉をぶつけて、彼女を拳銃で撃ち殺した。
現在、アメリカではLGBTに対する憎しみが高まっている。ビールブランドのアメリカ最大手バドワイザーは、以前から6月のLGBTの祭典プライド・パレードに出資し、レインボーカラーのボトルを発売していたが、今年はすさまじいボイコットを受けている。
それは4月1日に始まった。トランスジェンダー女性で、1000万人以上のフォロワーを持つインフルエンサー、ディラン・マルバニーさん(26歳)がSNSに「バドワイザーが私の顔をデザインしたバドライトの缶を作ってくれたのよ」と喜ぶ動画(どうが)を投稿したのだ。
マルバニーさんの顔入りバドライトは商品化するわけではなく、彼女のためのわずか数本の限定品だけど、これでLGBT嫌いの人たちの間でバドライト不買運動(ふばい)が燃え上がった。さらにその後、元ラッパーのカントリー歌手キッド・ロック(52歳)がSNSで油を注いだ。
キッド・ロックは投稿した動画で、河原にバドライトの缶が詰まった箱を並べてマシンガンでバリバリと撃ちまくる。木っ端みじんに砕け散るバドライト。キッド・ロックはカメラに向かって中指を立ててこう言い捨てる。
「くたばれバドライト!」
キッド・ロックのホモフォビック的(ho・mo・pho・bi・a 名詞。主に男性の)同性愛者嫌悪.言動はこれが初めてじゃない。ラッパー時代には「オレはオカマじゃねえ。ケツではハメねえからな」とか無茶苦茶言っていた。
キッド・ロックの動画をきっかけにネットでバドライト不買運動が広がった。工場には爆破(ばくは)予告の電話もあった。
その背景には「グルーミング陰謀論」がある。グルーミング(グルーミング)といえば日本ではペットの毛の手入れのことだと思うだろうが、アメリカでは幼い少年少女を性的に「愛でる(あいでる)」ジャニー喜多川的行為を指す。そして「LGBTの権利拡大は彼らがグルーミングしやすくするためだ」という陰謀論が渦巻いているのだ。
ちなみにグルーミング陰謀論者はトランプ支持者とダブっている。というのも2016年の大統領選挙中、「民主党は幼児を誘拐して小児性愛者に売買している」というデマが飛び、「トランプはそれと戦っている」と信じる人々が増えたからだ。キッド・ロックも熱心なトランプ支持者で、バドライトを銃撃する時にかぶっていた野球帽には『アメリカを再びグレートに』というトランプのスローガンが刺繍されていた。
「グルーミングを防ぐ(ふせぐ)」という大義名分で、全米各州の共和党議員は数百の反LGBTの州法案を提出した。そのうち、州議会の多数派を共和党が占める南部州ではいくつもの法案が通過した。たとえばフロリダ州のいわゆる「ゲイと呼ばないで法」は教育の場でのLGBT教育を禁止する州法。「反WOKE法」は企業でのLGBTやマイノリティに対する理解の研修を禁じる州法。テキサス州の高校や大学でも公平性や多様性を進めることが違法になった。ケンタッキー州では、公立学校のすべての学年で、同性愛や性同一性(せいどういつせい)について話すことを禁じた。それも、教師だけでなく生徒にまで。
反LGBTのうねり…
さて、バドライトはボイコットで売り上げが落ちて「全米一売れてるビール」の座から転落。バドワイザーはもうLGBTを応援することはないだろうと言われる。
バドワイザーだけじゃない。大手スーパーマーケット・チェーン「ターゲット」もターゲットになった。衣料品コーナーでLGBT支援のメッセージをプリントしたTシャツなどを売っていたのだが、あちこちの店舗や店員に嫌がらせや脅迫が相次いだので、LGBT支援の商品を引っ込めた。
キッド・ロックの動画に銃撃犯のイケグチが影響されたかどうかわからない。だが、イケグチはSNSに、LGBTについて「タコの足を切り落としても、また新たな足が生えてくる。頭を殺さなきゃ!」と投稿していた。ちなみに「タコの頭を潰せ」は、第二次世界大戦中、太平洋に勢力を広げた日本の本土への戦略爆撃を主張するプロパガンダのスローガン。イケグチは日系人なのだが。
そんなLGBTへの暴力的な投稿が最近のツイッター(現X)では野放しになっている。というのもツイッターを買収したイーロン・マスク自身がレインボー・フラッグが燃える写真の投稿に「いいね!」してるような人間だから。
この反LGBTのうねりを受けて、カナダ政府は、アメリカへの旅行を計画しているLGBTのカナダ国民に対して「アメリカの一部の州には反LGBT法があり、差別や嫌がらせに直面する可能性がある」と警告した。アメリカもイスラム教国みたいになってきたな。
ちなみにキッド・ロックは7月17日、こっそりバドライトを飲んでるところを隠し撮りされた。そんなに好きなのに自分の顔を缶に入れてくれないから嫉妬したのかな?