町山智浩の言霊USA 第702回 町山 智浩 2023/12/16

Hindutva(ヒンドゥー教独裁主義)

 11月29日、アメリカ政府は、アメリカ国籍を持つシーク教徒の運動家をニューヨークで暗殺しようとしたインド政府関係者を起訴したと発表した。

 標的になったのはアメリカ在住の弁護士グルパットワント・シン・パヌン氏。インドのパンジャブ州の独立を求める州民投票を呼び掛けていた。パンジャブ州の人口の58%がシーク教徒で、それはインド全体のシーク教徒の76%になる。それをシーク教徒の国「カリスタン」としてインドから分離独立させたい運動の指導者がパヌン氏で、インド政府からはテロリスト呼ばわりされていた。

 パヌン氏暗殺の共謀で起訴されたニキル・グプタ被告(52歳)はインドの公安警察であるCRPF(インド中央予備警察隊)の諜報員。パヌン氏を殺害するため、国際的な麻薬商(まやくしょう)に殺し屋の手配を依頼した。だが、その麻薬商人(まやくあきんど)は、たまたまアメリカのDEA(麻薬取締局)のネズミ(情報提供者)だった。FBI(連邦捜査局)やDEAはこういう犯罪者を逮捕しても起訴せずに、スパイとして使うために泳がせているのだ。

 アメリカ政府は、標的にされたパヌン氏を守ると共に、グプタを逮捕しようとした。彼はチェコに逃げたが、チェコで警察に拘束され、身柄はアメリカに引き渡される予定。バイデン大統領はインドのナレンドラ・モディ首相に9月に首脳会議で会った際にこの暗殺計画に抗議したという。

 さて、グプタに相談された麻薬商人は彼に「殺し屋」を紹介した。その人物もDEAの捜査官だった。そうとも知らずにグプタは「殺し屋」に10万ドルの代金でパヌン氏殺害を依頼し、前金も渡した。そしてグプタは、自動車の座席で全身に銃弾を受けて死んでいる男の写真を見せて「こいつも我々の標的だった」と言った。

 その人物は今年6月にカナダで暗殺されたシーク教国家分離独立運動家ハーディープ・シン・ニジャール氏だった。暗殺者が仕事の証拠としてその場で撮影したものらしい。今年9月、カナダのトルドー首相は、カナダでニジャール氏を暗殺したのはインド政府だと発表して世界を驚かせ、インドの外交官を国外追放した。

「殺し屋」(実は捜査官)が、「標的を殺す時、周囲の人を巻き込みそうだったらどうする?」と尋ねると、グプタはこう答えた。

「かまうな。全員やれ」

 ……なんか、もうマンガみたいな話だけど、インド政府はなぜ、こんなヤクザまがいの暗殺を?

 シーク教は15世紀末にパンジャブ州で始まった宗教で、頭にターバンを巻いていることで知られ、日本ではプロレスラーのタイガー・ジェット・シンと、『金曜10時!うわさのチャンネル!!』のレギュラーだった演歌歌手チャダが有名。

 シーク教徒は現在全世界に2600万人もいるが、人口14億人のインドでは、わずか1.7%にすぎないマイノリティ。そのため、マジョリティであるヒンドゥー教徒に対する分離独立闘争が続いてきた。1984年には寺院に立て籠ったシーク教過激派数百人以上がインド政府軍に殺される事件が起こり、その報復でシーク教徒はインディラ・ガンジー首相を暗殺(マハトマ・ガンジーとは血縁が無い)。報復が報復を呼び、翌年にはインド航空のジャンボジェット機がシーク教過激派の爆弾で爆破され、乗客乗員300人以上が犠牲になった。

 しかし、その後は融和が進み、2004年には初のシーク教徒の首相マンモハン・シンが誕生。2014年まで政権を維持した。だが、その後を継いだモディ首相はシークやイスラムなどの非ヒンドゥーに厳しい政策を取り続けている。

 モディ首相はヒンドゥーヴァだ。ヒンドゥーヴァは直訳すれば「ヒンドゥーらしさ」だが、政治的には、ドイツのナチスに影響を受けて形成されたヒンドゥー教独裁主義を意味する。彼らはヒンドゥー教以外を認めない。

ガンジーに触れない『RRR』

 モディの属する与党インド人民党はヒンドゥーヴァの右派政党で、それを支援するのがRSS(民族義勇団)。ナチにとっての突撃隊みたいな右翼暴力集団だが全国に600万人もいて、モディも21歳の時、RSSに入団している。

 モディが首相になる前、グジャラート州知事だった2002年にグジャラートで反イスラム暴動が起こり、1000人以上のイスラム教徒が虐殺された。モディはその暴動を鎮圧しようとしなかった。

 最近、日本でもヒットしたインド映画『RRR』はインドのイギリスからの独立革命をマンガ的に描き、フィナーレでは独立運動の英雄たちが次々と名指しで賞賛されるが、なぜか非暴力闘争でインド独立を勝ち取った偉人マハトマ・ガンジーについて一言も触れられていなかった。それはモディ政権下ではガンジーを賞賛しにくいからだという。ガンジーは異なる宗教間の融和を訴えたためにヒンドゥー教独裁主義者を怒らせ、RSSに暗殺された。そのRSS出身者がモディなのだ。

 現在でもRSSはイスラム教徒だけでなく政府を批判するジャーナリストなどを脅迫したり、殺害すらしている。最近では、ヒンドゥーで神格化されている牛を守る、と称して食肉業者を襲撃してリンチしている。被害者の多くはイスラム教徒だ。

 しかし、インドでもロシアでもイスラエルでもイランでもアルゼンチンでもイタリアでも世界中どこに行っても右翼だらけでホント嫌んなるよ。あ、アメリカも日本もね。