町山智浩の言霊USA 第704回 2023/12/29

Globalize the Intifada(インティファーダを世界に)

intifada 名 インティファーダ、追放、撃退、一掃、住民蜂起◆イスラエル創立で追放されたパレスチナ人の対イスラエル抵抗運動。intifada のアラブ語での意味はshaking off。

 名門ハーヴァード大学の学長はクローディン・ゲイ教授(53歳)。2023年7月に就任したばかりのハーヴァードの長い歴史上初の黒人女性の学長だ。エリートばかりのハーヴァードでは珍しく、貧しいハイチ移民の娘。

クローディン・ゲイ(Claudine Gay)は、アメリカの政治学者、大学経営者。2023年7月1日に第30代ハーバード大学学長に黒人として初めて就任する(女性としては2人目)。 彼女はハーバード大学でウィルバー・A・カウエット行政学教授と、アフリカ人およびアフリカ系アメリカ人研究(英語版)教授を務め、ハーバード大学人文学部教授会(英語版)のエッジャリー・ファミリー学部長も務めている。米国中西部政治学会(英語版)の副会長でもある。ゲイの研究テーマは、投票率と人種やアイデンティティによる政治活動を含むアメリカ人の政治行動である。

 そのゲイ学長が集中砲火(しゅうちゅうほうか)を浴びている。

 きっかけは、10月7日のイスラエルに対するハマスの攻撃だ。報復としてイスラエルはパレスチナ自治区(じちく)を空爆し続け、今までに1万8000人が亡くなり、毎日のように爆撃で死んだ幼い子どもの姿が報道され、アメリカ各地の大学では学生たちがパレスチナを支援し、イスラエルを批判するデモが続いている。

 ハーヴァード大学では学生たちが「今回の戦争の責任はパレスチナを占拠してきたイスラエルにある」とする書簡(しょかん)をインスタグラムで発表した。

 その後、ハーヴァード大学内で撮られたと称する動画がSNSに投稿された。パレスチナ支援のデモを行う学生たちが、ヤームルカ(ユダヤ教徒の帽子)をかぶった学生を取り囲んで「恥を知れ」と叫んで嫌がらせ(いやがらせ、harassment )をする光景だ。

 他の大学でもユダヤ系学生たちが被害を訴えていると報道されたが、具体的に処分された学生はいなかった。各大学に多額(たがく)の寄付をするユダヤ系実業家たちは、学長を激しく批難した。イスラエルを圧倒的に支援する共和党も動き、連邦下院議会の公聴会に学長たちを召喚(しょうかん)した。

 12月5日、議会に呼びつけられたのはハーヴァード大学のゲイ学長の他、マサチューセッツ工科大学のサリー・コーンブルース学長、ペンシルヴェニア大学のエリザベス・マギル学長の計3人。なぜか、3人とも女性だった。

 糾弾(きゅうだん)の急先鋒(きゅうせんぽう)は、エリス・ステファニク下院議員(共和党)。彼女もハーヴァード出身。父はチェコ系、母はイタリア系だが、ユダヤ人差別について徹底的に学長たちを問い詰めていった。

「ユダヤ人殲滅(ジェノサイド、ざんめつ)を呼びかけることは大学の規則に反しますよね?」

 反するなら学生を処分せよ、ということだ。しかし、3人の学長はこう答えた。

「実際の行為ならハラスメントですね」

「言うだけならハラスメントにならないと言うんですか?」

「特定の個人に向けられているならハラスメントです」

「ユダヤ人の学生に向けられていないと言うんですか? それはユダヤ人の非人間化ですよ! それも反ユダヤ主義です!」

 学長たちの木で鼻を括ったような答えにステファニク議員はキレた。

「木で鼻をくくる」には、2つの意味があります。1つには、冷淡で冷たい対応や、無愛想で素っ気ない態度を取ること。もう1つには、さっぱりするという意味があります。

「学長、あなたの答えを世界の人々に知らせるチャンスを与えましょう。ユダヤ人殲滅の呼びかけは規則違反でしょ? イエスかノーか?」

「それは状況によります」

 3人の学長たちは最後までイエスとはいわなかった。

 ステファニク議員たちは、この学長たちの辞職を求める投票を行った。

 賛成303対反対126で、共和党は1人を除く(のぞく)全員が賛成した。まあ、この決議に法的拘束力(こうそくりょく)はない。

 ただ、3人がイエスともノーとも言わなかったのには理由がある。

 ステファニク議員が言ったような「ユダヤ人殲滅の呼びかけ」など、実際にはどの大学でも起こっていないのだ。

シュプレヒコール【Sprechchor ドイツ】 ①古代ギリシア劇の合唱に模して行う科白せりふの朗唱・合唱。シェーンベルクの作品などに用いられる。 ②集団のデモンストレーションなどで、一斉にスローガンを唱和すること。また、その唱和。

 パレスチナ支援のデモでシュプレヒコールされる言葉は「ガザからイスラエルは出ていけ」「占領をやめろ」または「インティファーダを世界に」などだ。インティファーダは「蜂起(ほうき)」を意味するアラビア語で、「インティファーダを世界に」はパレスチナに連帯する抗議活動を全世界に広げようというスローガンだ。そして、このスローガンをステファニクは「ユダヤ人殲滅の呼びかけ」と勝手に解釈しているだけ。

反イスラエル=反ユダヤ主義?

 こんな質問に学長たちはイエスと言えるわけがない。学生の言論と政治活動の自由の侵害になる。

 ところが共和党にとって、イスラエル政府に反対することイコール反ユダヤ主義なのだ。

 下院の共和党は「反シオニズムは反ユダヤ主義である」という奇妙な議会決議も行った。

シオニズム【Zionism イギリス・sionisme フランス】 シオニズム【Zionism イギリス・sionisme フランス】パレスチナにユダヤ人国家を建設しようとする運動。19世紀末ヘルツルらの主導下に興起し、1948年イスラエル国家を実現。シオン主義。→シオン→イスラエル

 シオニズムとはユダヤ人は2000年前に古代ユダヤ王国があったパレスチナに独自の国を持つべきだとする運動。それでイスラエルが建国された。だからこの決議は言い換えれば「イスラエルのやり方に反対する者はユダヤ人差別者だ」という決めつけだ。

 ここでもやはり共和党は1人を除いて全員賛成。民主党は13人が反対し92名が棄権した。

 棄権した民主党員の一人、ジェロルド・ナドラー議員はユダヤ人だが「たしかにほとんどの反シオニズムは反ユダヤ主義だが、ユダヤ人にも反シオニストはいるよ」と語った。

 そもそもシオニズムは19世紀に生まれたイデオロギー。2000年間そこに住んでいたパレスチナ人の土地と命を奪うイスラエルの政策に反対するユダヤ人は少なくない。

 公聴会の後、各大学に莫大(ばくだい)な寄付をしているユダヤ系大富豪(だいふごう)たちは学長が辞めないなら寄付を取りやめようと呼びかけ、ペンシルヴェニア大学のマギル学長はついに辞職に追い込まれた。ハーヴァード大学のゲイ学長に対しても、ユダヤ系投資家ビル・アックマンが「辞職しないと寄付をやめる」と脅しをかけ、ゲイ学長の去就(きょしゅう)を決める理事会が開かれた。

 満場一致でゲイ学長の留任が議決された。権力や資本家からの「学問の独立」を守るためには当然の結果だろう。ゲイ学長を辞めさせようと大騒ぎしたビル・アックマンは「彼女は実力じゃなくて、女で黒人だから優遇(ゆうぐ)されただけだ」と発言して炎上。あんたが差別してるんじゃん!

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やま‐し【山師】やま‐し【山師】 ①山の立木の売買、鉱山の採掘事業などを経営する人。山主。山元。 ②山事やまごとをする人。投機などをする人。また、他人をあざむいて利得をはかる人。山こかし。詐欺師。

どろじあい【泥仕合】ドロジアヒ[3] 互いに相手の秘密・失敗などをあばきあってする、醜い争い。