町山智浩の言霊USA 第690回 2023/09/23
MOOP(Matter Out Of Place)(もともと、そこに無かったもの)
バーニングマン(Burning Man)は西部の荒野で9日間キャンプするフェスティバル(festival)。パーティや様々なアートを楽しんだ後で、フィナーレ(finale イタリア】 ①(演劇などの)終幕。大詰め。)では古代ケルトの儀式みたいに木製の巨人を燃やす。
1986年にサンフランシスコで始まった時のバーナー(バーニングマンの参加者)はわずか35人だったが、90年にネバダ州リノ市から車で2時間以上離れた2600平方キロのブラック・ロック砂漠に移り、毎年、夏の終わりには世界中から7万人以上が集まる巨大イベントになった。
ただ、他のイベントと違ってバーニングマンは商業行為を禁じている。砂漠のど真ん中なので水道もガスもスーパーもレストランもホテルもないうえに、会場内では金銭のやり取りが禁じられている。バーナーたちはテントや食料や水を持参し、持っている人が持ってない人に与える「ギフト経済」が行われる。昔のヒッピー・コミューンと同じく、大自然(だいしぜん)のなかでの自給自足(じきゅうじそく)を目指している。
だから、約18平方キロもある会場内での移動には石油を消費してCO2を出す自動車ではなく自転車が推奨される。バーナーはゴミを自分で回収して持ち帰り、会場は会期が終わると再び何もない砂漠(さばく)に戻る。「形跡を残すな」がバーニングマンの合言葉(あいことば)だ。
そんなユートピアが大自然に襲われた。9月1日の夜、ネバダの砂漠に数十年に一度の大雨が降った。ラスベガスの道路も冠水(かんすい)した。その雨はハリケーンがもたらした。普通、ネバダにハリケーンは来ない。これは地球温暖化による異常気象だ。ブラック・ロック砂漠の砂の中で何年も雨を待って休眠していたカブトエビ(額に第三の目がある原始的な生物)も目覚めた(めさめた)。
バーニングマン会場は水の逃げ場のないプラヤ(粘土平野)なので、乾燥してコチコチだった粘土がドロドロに液状化し、舗装道(ほそうど)まで8キロの道のりは自動車では進めなかった。バキュームカー(和製語vacuum car)真空ポンプとタンクをつけた自動車。特に屎尿しにょう汲取り車をいう)も動けず、簡易トイレのタンクはあふれた。
泥の海で立ち往生するバーナーたちの姿はSNSで揶揄された。それほどバーニングマンは世間から嫌われていた。なぜ?
まず金がかかりすぎる。
決して商業的イベントではないということで、主催者のバーニングマン・プロジェクトは非営利団体だが、575ドルもする入場料の7万人分の売り上げは4000万ドルを超える。
入場料575ドルにネバダ州独特の娯楽税9%、51.75ドルが上乗せされる。そもそもチケットは希少なので、多くの人が転売で1000ドル以上出して買う。
さらに近くの空港までの往復便と空港からのレンタカーか何かが必要。飛行機代もレンタカー代もシーズン中は超割高。会場での駐車は別料金。それプラス、テントや寝袋などのキャンプ用品、9日分の食料その他。合計金額は住んでいる場所によって変わるが一人5000ドル以上かかるといわれる。
だから、参加者は金持ちばかりになってきた。イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグをはじめ、IT成金やハリウッド・セレブが自家用ジェットで飛んできて、1日1万ドル以上の高級キャンピングカーをレンタルして、運転手とシェフを連れてやって来る。パリス・ヒルトンも(Paris Hilton来た。バーニングマンの目的である反資本主義やエコロジーから遠い連中ばかり。パリス・ヒルトンやイーロン・マスクが自分でゴミを拾う姿が想像できるだろうか?
7万人のバーナーは数万台の自動車で砂漠にやって来る。2019年には9日間(きゅうにちかん)で5万4200トンのCO2が排出されたといわれる。しかも、会場の周辺は先住民の土地なのだ。
だから今年は環境保護団体がバーニングマンの開催に反対して会場周辺で抗議活動をしていた。彼らの代わりに、母なる自然は大雨でバーナーたちを懲らしめた(こらしめた)のかもしれない。
バーニングマンはまだ終わっていない
泥沼にはコメディアンのクリス・ロックも閉じ込められていた。彼はDJのディプロと共に8キロの泥道を歩いて舗装道にたどりつき、トラックをヒッチハイクして荷台に乗せてもらって、その姿がインスタに投稿された。しかしクリス・ロックがバーニングマンに参加するとはね。
ロックは高級トレーニング・ウェア・メーカー、ルルレモンをさんざんジョークにしていた。
「『ルルレモンはすべての差別に反対します』だってさ! それでヨガパンツ1枚100ドルで売ってるんだぜ! それって貧乏人差別だろ! 20ドルの差別的パンツのほうがマシだよ!」
でも、バーニングマンもルルレモンも金持ちの偽善という意味では似たようなもんだよ。
実は、これを書いている時点で、まだバーニングマンは終わっていない。後片付けがあるのだ。
毎年、フェスティバル終了後にボランティアが掃除をする。「形跡を残すな」といくら言われても、バーナーたちは大量のゴミを捨てていく。それをMOOP(モープ)と呼ぶ。Matter Out Of Place(もともと、そこに無かったもの)の略。イベントが始まる前のまっさらの状態に戻すため、ボランティアは3週間もかけて、衣装についていたスパンコール(spangle)の欠片(かけら)まで丁寧に拾うのだ。
ところが今年は最悪の結果になった。泥沼には地面に敷いていたカーペットやテントなどが放置されていた。自動車を乗り捨てていった者までいる。しかも乾いた粘土は岩のようにコチコチに固まる。大量の靴や自転車が固まった地面に埋まっている。3週間では片付きそうにない。