町山智浩の言霊USA 第693回 2023/10/14
Gerontocracy(ジェロントクラシー:長老制)
自分ももう61歳だから、大学の同級生に会うとみんな定年過ぎで、仕事の第一線からは外れてるわけですよ。機能が格段に落ちてるからしょうがない。でも、企業の経営者や政治家になると60歳以上が基本で、「40、50は鼻たれ小僧(洟垂れ小僧、はなたれこぞう)」とか言われちゃう。日本の閣僚の平均年齢は63歳以上ですから。
年寄りがリーダーシップを取ることを長老制(ちょうろうせい)という。村社会では長老が、長屋(ながや)ではご隠居(いんきょ)が尊敬を集め、大事な決定を行う。武家社会でも将軍や藩主を支えて政治を仕切る者を老中とか家老と呼んだ。古代ローマにも元老院があった。人生の経験を積み、知識の豊富な年寄りが助言を行う。この元老院Senatusがアメリカの上院Senateの語源になった。
現在、上院議員の平均年齢は65歳。最近まで、最高齢は民主党のダイアン・ファインスタインだった(先月末、90歳で死去)。1978年にサンフランシスコで史上初の女性市長になった後、1992年に上院に当選し、31年間、数々の法案を成立させてきた。だが、今年、帯状疱疹(たいじょうほうしん)で入院して議会を長期欠席した。上院は民主党と共和党で議席が拮抗(きっこう)しているので、彼女が投票に参加しないことで、いくつもの法案が通らなかった。
7月にひさびさに予算委員会に出席したファインスタイン議員は、採決の際、声明文を朗読し始めた。隣の議員に「この場は、ただ賛成か反対か言うだけですよ」と3回も耳打ちされてやっと「賛成です」と答えた。その混乱した姿はテレビでも放送。議会の後、記者の一人が「長い間欠席されてましたね」と言っても「してません」と、休んでいたこと自体覚えていなかった。帯状疱疹の合併症(がっぺいしょう)で脳炎を発症したといわれているファインスタインは今期限りでの引退を表明していた。
彼女のライバルは共和党のミッチ・マコネル上院総務(81歳)。1985年から38年間も在職する彼も今年は何度も転んで体調を崩し、休みも多かった。記者会見で「来年の選挙に出馬(しゅつば)しますか?」と質問され、その場で30秒間凍り付いたように動けなくなり、スタッフが彼を守って退場させた。
そして、ジョー・バイデン大統領。彼は今年81歳で史上最高齢の大統領だ。このままだと来年の大統領選挙はバイデンと来年78歳のドナルド・トランプとのリターンマッチという、まるでフレッシュさ(freshness)のない事態になる。
確かに年寄りには経験も知恵もある。でも、確実に脳の働きは衰えて(おとろえて)いる。自分も資料を読みこんで理解する力が本当に衰えたし、だいいち老眼で字が読めない。原稿を書く集中力も落ちた。知識はあっても、それがとっさに出てこない。特に人の名前。「あれ、誰だっけ? あれあれ」顔は頭に浮かぶんだけど名前がどうしても思い出せない。フレッシュなアイデアも出てこない。出てくるのはしょうもないオヤジ・ギャグだけだ。
そればかりか頭がどんどん固くなり、最近の文化やテクノロジーの進化についていけない。年寄りが助言するのはいいけど、リーダーでいてもいいのか? 世界一の大国の。
アメリカの政治家は年寄りだからという理由で選ばれているわけではない。長い間、築いてきた政治的基盤の力だ。2022年の中間選挙ではなんと、現職上院議員で落選したのはたった1人だった。これは民主党、共和党の問題ではなく、「現職の強み」でしかない。
だからバイデンは引退できない。党内の予備選でバイデンに挑戦の名乗りを上げる者も出てこない。かつて現職に立ち向かった例はあるが、全員敗退し、いたずらに党を分裂させ、本選での敗北につながった。
そうして現職が基盤を守り続けるうちに権力は少数の高齢者に集中していき、頑迷で変化を拒否する体制になっていく。イスラムやカトリックなど宗教のリーダーはたいてい長老だ。旧ソ連でも末期は支配層が高齢の老人ばかりになって衰退した。 連想する言葉は?
でも、アメリカ映画のヒーローはいつだって、長老が守ろうとする旧体制を打ち破っていく若い世代だった。J・F・ケネディが大統領になった時、43歳。ビル・クリントンは46歳、バラク・オバマは47歳で、アメリカだけでなく世界に希望を示した。
バイデンは80歳としては元気だけど、最近は大統領専用機のタラップでつまずいたり、失言も多くなっている。2期目に再選されたとしても、その後4年間務めあげることができるかどうか。8月のAP通信の世論調査では国民の約8割がバイデンは大統領には高齢すぎると答えている。民主党支持者でも約7割がそう考えている。
その調査では「バイデンについて連想する言葉は?」という質問で「年寄り」「老人」「認知症」「遅い」「失言」などが上位を占めている。これはトランプが2020年の選挙からずっとバイデンを「スリーピー(眠そうな)ジョー」「認知症」と罵り続けていたことも影響しているだろう。ちなみにトランプは最近、首都ワシントンで開かれたキリスト教右翼の政治集会で「バイデンは認知症だ。彼によってアメリカは第二次世界大戦に引きずり込まれるかもしれない」と演説した。おじいちゃん、第二次大戦はもう終わったでしょ、あなたが生まれた前の年に!
トランプはバイデンと4つしか違わないが、そのAP通信の世論調査によれば、なぜか人々はトランプの年齢をあまり気にしていない。だが、「トランプについて連想する言葉は?」という質問への答えがすごい。Corrupt(腐敗した)、Criminal(犯罪者)、Crooked(ひねくれた)、Traitor(売国奴)、Con Artist(詐欺師)、Bully(弱い者いじめ)、Mean(意地悪)、Liar(嘘つき)、Jerk(クソ野郎)……。やっぱ重要なのは年齢よりも人格だよ!