編集部コラム 第117回 「週刊文春」編集長 2023/07/08

刑事告訴とともに去りぬ 編集長、最後の挨拶

 編集長最後の号で、刑事告訴(こくそ)されることになりそうです。今週号の右トップ『岸田最側近 木原副長官 「俺がいないと妻がすぐ連行される」 衝撃音声』が電子版で配信された直後、木原誠二(きはら せいじ)官房副長官は司法記者クラブに加盟する新聞、テレビに通知書を送り、〈速やかに文藝春秋社及び記事掲載にかかる関与者〉を刑事告訴すると表明しました。

 官房副長官がメディアを刑事告訴すると宣言したのですから、どこかが報じるだろうと思っていたのですが、全く記事になりません。そこで、自分たちで『木原誠二官房副長官が「週刊文春」記事を巡り文藝春秋社を刑事告訴へ』というスクープ速報を出すという不思議な展開になりました。速報にも記しましたが、木原氏の記事削除要求については「本件記事は、ご遺族、警視庁が事情聴取した重要参考人、捜査関係者などにじゅうぶん取材を尽くした上で、記事にしており、削除に応じることはできません」。

 それにしても、政治家から刑事告訴されるなんて、私らしいラストになったと思います。私は記者になりたくて広島県から上京し、「田中角栄研究」の立花隆さんに憧れて、文藝春秋に入社しました。夢だった「週刊文春」編集長になって、やりたかった政治家の不正追及記事もずいぶんできました。

 5年前の2018年7月5日、歓送迎会で就任の挨拶してから、退任の挨拶をした2023年7月6日までの1828日、ずっと「週刊文春」のことを考えてきました。二日酔いになると判断力が鈍るので、酒は2杯までにし、不眠になると困るのでカフェインは断ちました。また、体調を崩しては雑誌を作れないので、健康維持のために1日「1万歩(いちまんぽ)」と「30分のストレッチ」を課してきました。こう書くと、えらくストイックな人間に見えるかもしれませんが、もともと夏休みの宿題は最後の日にやるタイプ。この編集長ニュースレターだって締切(しめきり)ギリギリにならないと書けない怠惰(たいだ)な男です。

 それが、この5年、そんな生活ができたのは「週刊文春編集長」という背負った(せおった)看板の大きさのおかげでした。立場が自分を育て、律してくれたのだと思います。不倫もしませんでしたよ。休みもほとんどありませんでしたが、しんどいと思ったことはありません。人生を懸けるに足る仕事に就けたのですから。

 最後に自慢したいのは、編集部のメンバーたちの「努力」「執念」「献身」です。たとえば、木原副長官の記事がそうです。記者が探し当てた、木原夫人の前夫(ぜんぷ)のお父様からは、「亡くなった息子のためにぜひ記事にしてほしい」と実名と写真を出すことをご了解いただきました。事件の重要参考人の男性、多数の捜査関係者に粘り強く取材をして、愛人が本件について語る音声も入手できました。新人2名も含めた12人チームをエースのM記者が率いて、皆が自分のできることをやって、一歩一歩詰めていってくれました。「チーム取材」で、書きもアシもそれぞれが役割を果たす。この「週刊文春」の部員たちは、私の誇りです。

 編集長を辞めて、何よりうれしいことがあります。このニュースレターの締切がなくなることです。後任の竹田聖(さとし)君にも「しんどいから毎週書くかは考えた方がいいぞ」と忠告したのですが、なんと彼も毎週書くそうです。彼は私の下で、5年間、特集班デスクを務めてくれましたので、呼び捨てで予言しておきます。「聖、君はこの決断を必ず後悔することになる」。これからは、竹田編集長のニュースレターをお楽しみに!

 さて、編集長を終えて、少しはヒマになるはずです。木原氏は〈記事掲載にかかる関与者〉を刑事告訴するとのことですが、関与者とは間違いなく私のことです。時間はありますので、聴取をお待ちしております。

 読者の皆さま、私のニュースレターは今回で最後です。2年前に起ち上げた電子版の読者がどんどん増えていくことで、「週刊文春」の未来を信じることできました。皆さまのご支援に感謝します。これまで、ありがとうございました。

「週刊文春」編集長 加藤晃彦(かとう てるひこ)