編集部コラム 第125回 「週刊文春」編集長 2023/09/09

レジェンド記者の挑戦と、新戦力の“右”デビュー

 こんにちは。いつもご愛読ありがとうございます。

 先日から、「文春オンライン」上でとても興味深い同時進行ドキュメントが掲載されています。〈埼玉本庄(さいたまほんしょう)5歳児虐待死公判〉。昨年3月に、埼玉県本庄市の借家(かりいえ)の床下(ゆかした)から、柿本歩夢(かきもと あゆむ)くんの遺体が見つかったこの事件。5歳の男の子が、実母(じつぼ)と、居候先(いそうろうさき)の内縁夫婦(ないえんふうふ)、計3人の大人から凄惨な虐待を繰り返し受けていたとのニュースをご記憶の方もいらっしゃるかと思います。

 この事件の公判が8月末から、さいたま地裁(ちさい)で始まりました。公判を傍聴(ぼうちょう)に行き、改めて分かった事実を交えながら、あまりに惨い(むごい)虐待事件のことをきちんと報じ直したい――そうした思いで埼玉に日々通ったのが、石垣篤志(いしかき あつし)記者。8月下旬に、「週刊文春電子版」で〈26年目のレジェンド記者が語る事件取材の極意(ごくい)〉と題したウェビナーに登場した記者です。

 成果の詳細は、こちらをお読みいただきたいのですが、実はこの記事、紙の「週刊文春」には載っていません。

「週刊文春」は号によってバラつきはありますが、だいたい120ページほど。そのうち、ニュースに使えるのは30ページから40ページです。今週号も、17歳の誕生日を迎えられた悠仁(ひさひと)さまをめぐる話題や、原発処理水で緊張が高まる日中関係を扱った特集、風雲急(ふううんきゅう)を告げるジャニーズ事務所の関連記事など、「今週マスト」の記事が多々(たた)ある中で、なかなか過去の事件に紙幅を割く余裕はありません。

 しかし、オンライン上であれば、紙幅の制限もないし、毎週木曜日という発売日にとらわれることもなく、日々行われる公判の様子を取材して、即座にアップしていくことが可能です。ただし、「傍聴」といっても、週刊誌記者にとっては簡単なことではありません。大手(おおて)紙やテレビからなる記者クラブ所属の記者は、裁判所にもきちんと席が用意されていて、常に傍聴できますが、週刊誌記者にそうした「特権」はありません。このような注目事件をめぐっては倍率が数倍、時には数十倍になることもあります。今回も傍聴券のために、まずは当日、埼玉まで出向いて地裁前で整理券をもらい、抽選を待ちます。外れれば当然、傍聴できません。石垣記者も、取材で知り合った関係者や、時にはご家族も動員して当選確率を上げる手立て(てだて)を講じたそうです。

 石垣記者に初めてオンライン上で公判の同時進行ドキュメントを書いた感想を聞いてみると、「記者としては、1度取材をして気になっていた事件のことを、一報だけで終わらせず、最後まできちんと書ける場があるのはありがたい」と充実の表情でした。

 週刊誌業界に入って26年目、49歳のレジェンド記者がオンラインで新たなトライをする一方で、昨秋、朝日新聞から文春に移籍してきた27歳の新鋭が、今週号で大きな仕事をしてくれました。彼女が初めて右トップを飾ったのが、「悠仁さま受験に異変 紀子さま17年目の焦慮」と題した記事です。9月6日に17歳になられた悠仁さまの進路に初めて浮上した大学の名前を、ディープな取材から掴んで来てくれました。彼女の移籍までの経緯については、加藤前編集長が書いたコラムに詳しいのですが、今回、見事にスクープ情報を入手(にゅうしゅ)し、その週の一押し(ひとおし)_の記事=右トップを初めて書いてくれました。

 皇室担当記者――週刊文春には政治に詳しい記者、芸能界に深く食い込む記者、石垣記者のように事件に強い記者など様々なタイプの記者がいますが、ときに「菊のカーテン」と言われるほど取材が難しい「皇室担当」は、記者の登竜門でもあります。ところが現在、人材払底中。皇室も政治も書けるエースだったK女史は、この夏から満を持してデスクにあがり、それと同時に、新人時代から皇室取材に取り組んできたY記者も文春オンラインの編集に異動。もう1人、ベテラン女性記者で皇室関係にも太い人脈を持ち、頼りになる存在だったK記者も目下、育休中、という緊急事態が発生したのです。そこで、朝日で県警キャップを務め、抜群の取材力、人に食い込む力を持つK記者に白羽の矢を立てたところ、「皇室取材? やってみたいです」と即答、新たな挑戦に踏み出しました。宮内庁や皇室関係者の家を1軒ずつ夜回りしては話を聞く日々。なかには、「宮内庁の●●さんですか?」「違います」と、どうみても本人なのに、存在自体を否定する方もいて、「本人確認の質問にさえ嘘をつかれるのは初めてです……」と、その壁の厚さに衝撃を受けたこともあったとか。毎週プランを5つ出すというルーティンを免除され、ひたすら潜行取材を重ねること3週間。見事、悠仁さまの誕生日直後に発売になる号で結果を出してくれました。

 ベテラン記者がオンラインで新たなやり方にトライし、親子ほど年の離れた若手記者が、紙の右トップを担って(になって)自信を深めていく――不動のエースばかりが活躍するのではなく、日替わり(ひがわり)、週替わりでMVPが生まれるような循環が、週刊文春を支えてくれています。

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 8月6日から始めた「寄付プラン」のご報告です。9月7日時点で、313万1009円のご寄付を頂いています。取材費として大切に使わせていただきます。誠にありがとうございます。

「週刊文春」編集長 竹田聖