「週刊文春」編集部 2023/12/26 

ダイハツ「不正30年」の病根

「まるで囚人(しゅうじん)のよう…」元従業員が証言 ダイハツ“認証不正”の温床(おんしょう)は《地獄の職場環境》 社員を追い詰めた「トヨタ式なぜなぜ分析」、管理職は「運転が下手なヤツは死ねばいい」と…

「納期は絶対厳守です。ミスをして役員や部長クラスが昼礼(ちゅうれい)でブチ切れた(ぶちきれた)場合、恐怖の『なぜなぜ分析』が始まります。ひどい時には仕事だけではなく『なぜこんな人生を送ってきたのか』と人格否定につながるような罵倒(ばとう)を、40~50代の課長クラスが他の社員の前で浴びせられることもありました。このような“公開処刑”を避けようと、『ミスはそもそも存在しなかった』と隠蔽に走る社員がいたのは、極めて自然な流れだったと思います」

 こう打ち明けるのは、渦中(かちゅう)の自動車メーカー「ダイハツ工業」の元従業員だ。

 ◇◇◇

 ダイハツで、30年以上にわたる組織的不正が行われていたことが明らかになったのは今月20日のこと。認証を受けるにあたり、エアバッグの衝撃実験をタイマー作動で誤魔化す(ごまかす)など命に直結(ちょっけつ)するような悪質な不正のほか、広くデータの捏造(ねつぞう)や改竄(かいざん)などが行われていたのだ。不正が明らかになったのは、実に64車種にのぼるという。

 この問題を受け、ダイハツは自動車を組み立てる国内全工場の稼働を、12月26日までに全面停止すると決定した。

 ダイハツの関連売上高の合計額は2兆円超、直接取引を行う下請け(したうけ)は8000社以上と裾野(すその)は広い。また「タント」や「ミライース」「タフト」といった自動車の他、商用車やダンプに至るまで、ダイハツ車は日本社会に深く浸透している。

2023-12-27 1 日本円 = 0.22 New Taiwan ドル

 日本経済に大きなショックを与えた“ダイハツショック”はなぜ起きたのか。クルマという日本のモノづくりの技術が結集する生産現場での不正はなぜ見逃され続けてきたのか——。

 元従業員の証言から浮かび上がってきたのは、ダイハツという企業に広がる深い病根(びょうこん)だった。

「ある意味、客は“人柱”」

ひと‐ばしら【人柱】 架橋(かきょう)・築堤(ちくてい)・築城(ちくじょう)などの難工事(なんこうじ)の時、神の心を和らげ(やわらげ)完成を期するための犠牲)生贄(いけにえ)として、人を水底(すいてい)・土中(つちなか)に生き埋めにすること。また、その人。転じて、ある目的のために犠牲となった人。平家物語「―立てらるべしなんど」

 今回の問題に関して、第三者委員会が報告書で〈不正行為が発生した直接的な原因及びその背景〉と指摘したのは、以下の5点だ。

(1)過度にタイトで硬直的な開発スケジュールによる極度(きょくど)のプレッシャー

(2)現場任せで管理職が関与しない態勢

(3)ブラックボックス化した職場環境(チェック体制の不備等)

(4)法規の不十分な理解

(5)現場の担当者のコンプライアンス意識の希薄化、認証試験の軽視

 また、報告書では〈不正に管理職の関与は認められない〉とする一方、〈責任は現場ではなく経営幹部にある〉とし、〈幹部は認証指定や現場の管理にはあまり関心がなかった〉と指摘している。

 冒頭の元従業員は、2010年代にダイハツの設計部門に勤務していた人物だ。不正の温床だと指摘された“現場任せのブラックボックス化”について、この従業員は「そもそも、ミスが決して許されず、報告もできないダイハツの社風が背景にあるんです」と証言する。

「開発のスケジュールはライバル社の発売日に振り回され、朝令暮改(ちょうれいぼかい)でコロコロと変わる。おまけに開発費を削減しようと、とにかく“工数(こうすう)”を減らすことが重要視され、書類整理やコピー、休憩時間までが“工数”として管理されていました。

 設計や実験は常に納期問題を抱えていました。社内では『車は妥協の産物』という認識のもと、『とりあえずこれでいいや』で発売後に不具合が出たら設計変更するというプロセスが長年行われていました。ある意味、客は“人柱”だったのです。

 海外向け車種の設計でも同様の問題はあった。現地ディーラーから不具合が報告されても、『その国の環境が特殊だから壊れた』と回答するばかりで何も答えようとはしない。例えるなら『イギリスは雨が多いから』と言うようなものです」

“罰”を負って(おって)社内の晒し者(さらしもの)に

「まるで囚人のような職場環境だった——」

 この元従業員はこう振り返る。ミスをした課長クラスの社員が部内全員の前で罵倒されることも日常茶飯事だったという。

「彼ら(課長クラス)はその上にいる部長や室長からのプレッシャーがハンパなく、普段から目が死んでいた。複数の部署に1~2人、うつ病で休職している課長がいました。そんな中、2010年頃には『人材バンク』という名前の部署が設置された。ここに集められるのはいわゆる窓際族。苛烈なパワハラで病んだ(いたんだ)人たちなのです」(同前)

「人材バンク」に配置された社員は、車の知識や英語を勉強させられるほか、小説を読んで感想文を書かされるなど1人で机に向かって自己研鑽(けんさん)をさせられるという。さらに「なぜその自己研鑽を選んだのか」「その結果はどうだったのか」といったことまで細かく報告する“罰”を負い、社内の晒し者になっていたという。さらに、

「人材バンクでは『なぜなぜ分析』もさせられます」(同前)

「なぜなぜ分析」とは、「なぜ」という問いかけを繰り返すことで問題の真因を発見するというダイハツの親会社であるトヨタ自動車が発案した分析手法だ。

「本人の家庭環境などプライバシーにまで踏み込み、『なぜなぜ分析』によってミスを犯した自分を徹底的に反省させる。これを強制させるのはパワハラです。『人材バンク』に異動した後、精神的に追い詰められて退職していった社員も少なくありません」(同前)

 こうした社内環境のもとで「問題が起きても目を背けようとする姿勢」が醸成されていった。 「どうせ素人は何もわからない」

 厳罰的な社風は社内の萎縮を招き、現場の声はかき消された。特に若手については「10年で1人前」「5年目の新人」といった言葉が飛び交い、意見が黙殺されている状態なのだという。

 前出の元従業員が語る。

「入社10年目までの社員は人として扱われず、上の命令が絶対です。例えば若手が『こうしたらもっと良い車になる』『お客さんの安全を考えてこうした方がいいのでは?』と提案しても、管理職からは『どうせ素人は何もわからない』『とにかくコストと納期、安く作れれば何でもいい』と全否定されます。根本的にユーザーを軽視しているのです。ある若手が『自動ブレーキは搭載しないのですか?』と質問したところ、管理職が『自動ブレーキ? ブレーキは自分で踏めばいいよ。運転が下手なヤツは死ねばいい』と返すのを見て、唖然としたこともありました」 ミラ イース(ダイハツHPより)

“人を大切にしない社風”に愛想を尽かして辞めて行った社員も数しれない。

「若手の中には将来、会社に貢献することを見据えて『MBAや夜間大学院で勉強したい』と言う人もいました。しかし、人事部から『そんなの勉強して何になるの?』『だったら会社を辞めてください』と言われ、辞めて行った優秀な人材もいました」(同前)

 こうした社風に関する元従業員の証言について、ダイハツに事実関係の確認を求める質問状を送付したところ、次のように回答した。

「現在、弊社は12月20日公表させていただいた通り、本件について、第三者委員会からの報告書を受領したところであり、その中での指摘いただいた事項の詳細確認を進めているところです。ついては今回いただいた個別のご質問については、回答をさし控えさせていただければと存じます」

 年の瀬に突如発覚した一大企業スキャンダル。「週刊文春」がさらに取材を進めると、ダイハツの不正を招いた組織の病巣に関する別の証言を得ることができた。

(#2に続く)