2023/04/20 名越健郎(なごし けんろう)

停戦を提唱したワグネル代表にプーチンからの“怖すぎる警告”

 4月14日、ロシアの民間軍事会社「ワグネル」の創始者(そうししゃ)、エフゲニー・プリゴジンが、「プーチン政権はウクライナへの特別軍事作戦の終結を宣言すべきだ」との声明を出した。開戦1年の2月24日時点の境界線を停戦ラインにすべきという条件を示した上で、「長期化は敗北の可能性がある」とまで踏み込んだ主張を展開。

 大統領の“盟友”から、停戦を求める意見が出たのは初めてのことで、ロシア内で波紋を呼んでいる。

 プーチンはこの提言には一切反応せず、同日、動員逃れ(どういんのがれ)を防ぐ(ふせぐ)召集令状(しょうしゅうれいじょう)の電子化法案(令状を送付した時点で効力(こうりょく)を持つ)に署名(しょめい)し、戦争継続の構えを崩してはいない。

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 なぜプリゴジンは、停戦案を提示したのか。背景には、発言力を担保してきた兵力の激減がある。5万人とされたワグネル軍団は、激戦で1万人程度になったとされる。さらなる兵力の消耗(しょうもう)を避けたいのがプリゴジンの本音(ほんね)だろう。ただ、そこに留まらない政治的野心も見え隠れする。

 プリゴジンは昨年秋から、政権への反逆行為(はんぎゃくこうい)を繰り返してきた。ショイグ国防相やロシア軍を「弱虫」呼ばわりし、ラブロフ外相ら外務省を「無能」と批判。そのため政権内では、反プリゴジンの動きが加速した。

 批判の一方で、プリゴジンは野党・公正ロシア(下院450議席中27議席の第三党)のミロノフ党首に接近している。ミロノフはもともと政権に近く上院議長を務めたこともある人物。同党を乗っ取るか、一部の議員を離党させての新党立ち上げを画策中のようだ。下院に議席を持つ政党は無条件で大統領候補を擁立できる。成功すれば来年3月の選挙で立候補(りっこうほ)し、プーチンと直接対決することも可能となる。

 プリゴジンがここまで強気になるのは、一部の国民から熱狂的な支持があるからに他ならない。彼は危険を顧みず(かえりみず)最前線を訪れ、SNSで情報発信をしてきた。そのためロシアの新しい愛国的英雄(えいゆう)となったのだ。一部の情報機関幹部やオリガルヒもそこに価値を見いだし、陰から支援している。

 このような動きを政権側が放っておくはずがない。プーチンからプリゴジンへの「警告」だったとする見方が根強いのが、4月2日に起きた軍事ブロガー(blogger)の爆殺事件だ。現場はプリゴジンと関係の深いサンクトペテルブルクのカフェ。死亡したブロガーはプリゴジン支持者で痛烈な軍部批判を行っていた(露政府(ろせいふ)はウクライナの犯行と断定)。

 戦争の泥沼化が、ついにロシアエリート層の分裂を生むことになったといえる。