THIS WEEK「国際」 名越 健郎 2023/05/10

“クレムリン攻撃”ウクライナが関与なら“主犯”は37歳の強硬派

 5月3日未明、モスクワのクレムリンをドローンが攻撃した。ロシア大統領報道官は「米国が計画し、ウクライナが実行した」と怒りを露わにしたが、ウクライナは、関与を否定している。

クレムリンがドローン攻撃.png

 さまざまな組織が、この作戦を実行したと囁かれているが、有力視されるのは次の3グループだ。

 まずは、日本や西側世界で広く知られるロシアの自作自演だ。ロシア政権の内情を暴く謎のブロガー、「SVR(対外情報庁)将軍」は、「強硬派のパトルシェフ安保会議書記が主導し、プーチンの最終承認を得て、連邦警護局(FSO)が実行した」と投稿した。

 目的は戦時体制の強化である。国内に戒厳令を敷く(しく)とするもので、米シンクタンク・戦争研究所も同様の分析をしている。

 ロシア国内ではどうか。有力紙「コメルサント」は、「ウクライナから発射された無人機がモスクワまで到達するのは難しい」と解説する。

 興味深いのは、複数の極右軍事ブロガーが、ロシア空軍の反主流派による行為と指摘している点だ。

 侵攻後、1年経っても空軍は、積極的に活用されていないため一部で不満が募っている。首都防空に失敗したとして幹部が更迭されれば、強硬派が台頭できると目論んだというのである。

 ソ連時代の話だが、1987年にドイツ人の青年がセスナ機でクレムリンの赤の広場に着陸したことがあった。当時は国防相、防空軍総司令官ら100人以上が粛清されてもいる。一定の説得力があるものの、軍事ブロガーらは民間軍事会社ワグネルに近く、事件を利用して軍主流派を批判している可能性もある。

 一方、新しい説が、アメリカで浮上した。4日に米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは、政府情報筋の話として、ウクライナの情報機関が、独断で実行したと報じた。

 名前が挙がったのは、国防省情報総局のキリロ・ブダノフ長官(37)だ。4月に流出した米の機密文書でモスクワ攻撃の発案者とされた人物。米は対露強硬派の彼を危険視し、電話を盗聴していた。昨年10月に起こったクリミア半島とロシア本土を結ぶ橋の爆破を指揮したとして、ロシアから逮捕状が出ている。橋爆破では、ロシア内に工作員を潜入させており、モスクワ近郊からドローンを発射することは不可能ではない。だが橋の件とは違い、ウクライナは攻撃を匂わせることすらしていない。

キリロ・ブダノフ.png

 プーチン周辺では「即時報復」の声も出るが「今日、明日の必要はない」(カディロフ首長)という意見もあがるなど一枚岩ではない。