ツチヤの口車 第1338回 土屋 賢二 2024/04/20
寿命(じゅみょう)を延ばす器具
運動と睡眠が不足している。その分、食事でカロリーを補って(おぎなって)いるが、それでは不十分な気がして緑茶(りょくちゃ)を飲むことにした。
メカニズムは知らないが、緑茶は身体にいいという記事を読んだか、読まなかったか、どちらでもないかだ。原理はともかく、緑茶を飲めば健康になり、健康になれば長生き(ながいき)し、長生きすれば……何をするのか分かっていないが、とにかく何かすることができる。
緑茶は苦いので、粉末(ふんまつ)にして湯に入れて飲むとやはり苦い。しかしオブラートで包んで(つつんで)飲む手がある。
オブラート 3オランダ•oblaat デンプンと寒天で作った,半透明の薄い膜。粉薬などを包んで飲む。
お茶挽き器(おちゃひきき)が届くと、妻が組み立てた。妻も長生きしたいのだ。早速緑茶を挽いて飲んだ。寿命(じゅみょう)が1週間か1年か延びた気がした。延びた寿命をどう過ごすか考えるが、何も浮かばない。むしろ200歳まで延びるのが心配になった。
翌日スイッチを入れると機械が動かない。分解すると、セラミックのウス(臼)が一部欠けている。妻は、これが原因だと断定した。以前、セラミック製の包丁の刃が欠けて以来、セラミックは欠けるという強固(きょうこ)な信念を抱いている。いったんこうなったら高価なバッグと引き換えでもしないかぎり、わたしが土下座(どげざ)をしても変顔(へんがお)をしても、妻の信念はゆるがない。
発売元に電話する。さいわい日本の優良メーカーだ。日本語が通じる。海外製だと話が通じず、次のようになる恐れがある。
「何か」
「お茶挽き器が動かなくなったんです」
「それまでは動いたか?」
「はい」
「何だって? 動物でもないのに動いたか! もしかしたら我々はロボットを作ったのかもしれない!」
「違う。回らないんです」
「回し方? 教えるよ。テーブルに置いたコップを手で回す要領だ」
「それではお茶を挽く歯が回らない」
「歯を回すなら歯医者に頼め。ただ、歯は抜けるよ」
「あのね、機械の中のウスが一部欠けているんです」
「どうやってウスが賭ける? さるかに合戦か?……待て、そうか! ウスが掛け算したか?」
「違う! 欠損している」
「ウスが結婚したか?」
「結婚しない!」
「あなた独身か。うちの娘いらないか? 50歳だ」
「いるかっ! 電気が入らないんだ!」
「電気は入ったり出たりしない。それから、入るには出ていなきゃいけない。すでに入っている物は入れない。これ物理学の真理な」
下手をするとこうなるところだった。海外製でなくてよかった。
発売元は部品の在庫がないから本体を修理部に送れと言う。だが送るなら部品だけでいいはずだ。そもそも欠けた部品を「修理する」ことがどうしてできるのかとたずね、本社から直接連絡がくることになった。
電話の内容を妻に報告すると、妻は腹を立てた。会社に腹を立てたのか、わたしに腹を立てたのか、自分以外のすべてに腹を立てたのか、上品に表現すると「返品っ!」と怒鳴った。
間もなく本社から連絡があり、説明書の5ページを見るように言う。茶葉(ちゃば)を通すためウスの一部に欠け目があると書いてあり、組み立て方の注意点が書いてあった。
妻は製造元の間違いだと断定した(この自信の過剰分の1パーセントでもいいから分けてほしいものだ)。妻があらためて説明書通りに組み立ててみせると、ウスの上部を印のところまで回すように書いてあるのに回していないことが分かった。妻のミスだった。電話をかけて平謝り(ひらあやまり)に謝った。
それでも妻は反省する様子がない。あと1日は機嫌は直らないだろう。昨日寿命が延びた以上に縮んだ。