ツチヤの口車 第1345回 土屋 賢二 2024/06/15

失敗しないダイエット

 これまでさまざまなダイエット法が発表され、そのたびにダイエットに失敗する人の数が増えてきた。

 だがダイエットに悩んでいる人々に朗報(ろうほう)だ。このたびわたしは必ず成功するダイエット理論を開発した。もう悩むことはない。

 わたしはダイエットを始めて20年以上になる。

 こう言うと笑う人がいるが、笑う人の特徴は、(1)物事を深く考えず、愚かに見える発言を見つけると、鬼の首をとったように喜ぶわたしのような浅はかな(あさはかな、silly)タイプ、(2)わたしの教え子の中には30年以上にわたってダイエットしている者がいることを知らない人だ。

 わたしが最近よく食べるのは、チャーシューを大量にトッピングしたチャーシュー麺や、カツカレーだ。食後、数時間は苦しい量だが、それでもダイエット中である。それだけ食べる理由の一つは、最近、外国で日本食ブームでカツカレーが流行し、ラーメンが1杯3000円と言われる高価な料理になっているというニュースを見たからだ。日本では1000円ほどだから激安だ。食べないとせっかく日本にいる意味がない。もう一つの食べる理由は、ニュースを見る前から同じように食べていたからだ。

 短期間ではダイエットの結果は出ない。数カ月でこれだけ痩せたと豪語(ごうご)する人の特徴は、(1)肥満気味か、やつれたような痩せ方をしているかどちらかだ(2)野球を3回まで見て勝敗を決めつける軽率なタイプである。ダイエットは、短期間で成否(せいひ)を判断できるものではない。勝負はもっと長い。

 一時的に痩せても、たいていその数カ月後にはリバウンドする。リバウンドするたびに前よりも体重は増え、前よりも痩せにくい体質になる。ダイエットしない方がダイエットになるほどである。

 ダイエットと似ているが、わたしは10年以上、指の痛みでピアノに触って(さわって)いない。ピアノを断念したのかと言う人もいるが、ピアノはまだ練習中である。プロのピアニストは一日練習しないと腕が落ちたことが分かるというが、わたしの実力はそんな脆弱(ぜいじゃく)なものではない。何カ月ブランクがあっても腕が落ちたとは自他ともに分からない。練習しているときは、眠っている間も食事している間も「練習中」である。ピアノを弾かない時間があっても「練習中」であることに変わりはない。10年程度休んだぐらいでピアノを断念したと速断しないでもらいたい。

 一般に、短期間で決着がつくことはむしろ少ない。このことは、麻雀かパチンコか投機か競馬か競艇かルーレットかブラックジャックかチンチロリンをやったことがある人なら、身にしみて分かっているはずだ。途中どんなに儲けていても、最終的には負けることがいかに多いか痛いほど実感させられるのだ。

 だから、野球で3回が終わったところで勝敗を判断するような早まった真似をしてはならない。ダイエットが最初の半年か1年で成功しても、それは成功ではない。死ぬまで続く長い勝負なのだ。野球やギャンブルと違って、いつ終わるかが不明である。

 ダイエットは生きているうちは、成功とも失敗とも分からないのである。安心できるではないか。

 しかも死の前には、食欲が失われ、痩せるのが普通だから、望んでいた形かどうかはともかく、突然死さえ避ければ、ダイエットは成功が約束されている。

 失敗づくしの人生で、確実に成功するものが他にあるだろうか。罪の意識を一切もたずにラーメンが食べられるのだ。

 もう怖いものなしだ。矢でも鉄砲でももってこい。ラーメン店に行き、いつものように注文した。ただ、大盛りにするのは控えた。

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