ツチヤの口車 第1357回 土屋 賢二 2024/09/14
台風の説明が分からない
過去最強クラスの台風10号は、なかなか進路が定まらなかった。最強という部分を除けば、グズグズ進路が定まらないのは若いとき(から現在に至るまで)のわたしみたいだった。
進路が分からなかっただけではない。テレビでの説明がまた分からなかった。
説明というものは、不可解な現象を理解できるようにするものだ。だが、台風については各テレビ局が多大(ただい)の時間を費やして説明したにもかかわらず、台風の説明は、何でもない自然現象をさらに不可解にするだけのように思えた。
まず、「海水温が高いと台風は発達する」と説明される。それならなぜ真夏にもっとたくさん到来しないのか。赤道付近の高水温(こうすいおん)の海に熱帯低気圧がひっきりなしに発生する条件は整っている。それが次々に高水温の海域をたどって台風になり、日本を襲ってもいいはずだ。なぜ一年に数十個程度におさまっているのか、その説明がほしかった。
さらに、「台風は太平洋高気圧の壁にはばまれて」「高気圧にはじかれて」とか「押されて」などと説明され、太平洋高気圧とチベット高気圧に挟まれて「前門の虎後門(こうもん)の狼(おおかみ)」状態で身動きがとれないと語られていた。四方からこづき回されるわが身を思い、一瞬同情したほどだ。だが台風というのは、気圧が周囲より極度(きょくど)に低くなっている状態ではないのか。ボールでも物体でもない物が、太平洋高気圧に「押され」「はじかれる」というのだ。これが理解できるだろうか。
ほかの人は理解しているのか、テレビでは一度もこの疑問を説明してくれなかった。高気圧と低気圧が近づけば、むしろ激しい勢いで高気圧から風が低気圧に流れ込み、気圧差がなくなりそうに思える。
水槽に仕切り板を入れ、一方に高い水位の水、他方に低い水位の水を入れて、仕切り板を引き抜くと、急速に水位が平均化するはずだ。はじくような現象は見られない。温水と冷水が接すると、混ざり合って温度が平均化するが、はじくことはない。電気でも、高電圧と低電圧がぶつかれば、高電圧(こうでんあつ)から電流が流れ込むが、はじくことはない。
さらに、台風の歩みが遅いのは偏西風(へんせいふう)が北にズレて、台風が偏西風に乗れないからだと説明されていた。だが偏西風はバスなのか? 台風は周囲より低い気圧の状態であって、バスに乗る客でもなければ、風に乗って飛ばされる風船でもない。紙飛行機でも凧(たこ)でもグライダーでもない。台風は風に乗ったり乗りそこなったりするような物体とはまったく違うのだ。
しかもこれだけでは迷走の原因を説明しきれないと思ったのか、一部のテレビ局では、台風の進路を決定する要素として、太平洋高気圧、チベット高気圧、偏西風に加えて、上空にある「寒冷渦(かんれいうず)」も影響していると説明した。
それを聞いたとき、それまでまったく登場していなかった人物が犯人候補として突然登場したミステリを読んでいるような気持ちになった。ミステリなら読むのをやめるところだ。
一連の不可解な説明の結果、わたしの中には、高気圧はそびえたつ壁のような物で、近づく物をはじき返し、台風は高気圧にはじき返されるボールのような物で、偏西風に風船のように乗って進むというイメージが形成されたのである。
しかしボールや風船の内部の気圧は高い。低気圧である台風のイメージにボールや風船はどう考えても結びつかない。
そんな勝手なイメージが許されるなら、「寡黙(かもく)で謙虚で人格高潔、大作家並の文章力と洞察力を備えた知恵と品格の哲学者」のイメージがわたしに結びついてもよさそうなものだ。